笠盛人の日第16回  プラス思考—失敗から学ぶ、の3

失敗についてはかなり理解が進んだことと思います。これで「失敗から学ぶ」準備は整ったと思います。

失敗は成功の母、というように、多くの人が失敗を繰り返しながら成功にたどり着いてきました。最も有名なのはトーマス・エジソンでしょう。彼は

「私は失敗したことがない。ただ、1万通りの、上手くいかない方法を見つけただけだ」

という言葉を残しています。あのエジソンですら、ひとつの成功を得るまでに1万もの失敗を繰り返したのです。

「失敗したことがない」

とはいかにもエジソンらしい言い方ですが、でも、全ての失敗が成功につながる道を切り拓いたわけで、彼は「良い失敗」を積み重ねたのだと思います。

このように、失敗から学べばいずれは成功に至ります。身近で考えても、失敗から学べばエジソンには通しとしても、

・同じミスを繰り返さないですむ
・新しい価値を創造できる
・売上が上がる
・経費削減できる
・残業時間削減
・品質の向上

など、目に見える成果が得られるはずです。失敗から学ぶこと、それは成功につながる道なのです。

では、失敗から学ぶにはどうしたらいいのでしょう?

私は、

失敗の見える化

を提案します。

そもそも、失敗という情報は隠れよう、隠れようとする性質を持っています。
まず、失敗情報は時間の経過とともに減衰します。いや、失敗情報だけでなく、あらゆる情報は消え去ろう、消え去ろうとします。だから、どうしても後々に伝えなければならない情報をどう保存するかに、人々は知恵をこらしてきました。あの東日本大震災のあと、こんな記事が新聞に出ました。周りが大きな震災被害を受けるなか、宮古市重茂の姉吉地区では1軒の建物被害もなかった、というのです。この地区の人々を守ったのは、

「此処より下に家を建てるな」

と記した石碑でした。姉吉地区は明治と昭和の大津波で大きな被害を受けました。恐らく、明治津波の教訓をどうして活かせなかったのか、と考えた人がいたのでしょう。昭和の大津波の後、この石碑を建てたのです。
失敗情報を時の流れから救い出した姉吉地区の人々の知恵で、この地区が助かったのです。

次に、失敗情報は隠れたがります。誰しも自分の失敗は人に知られたくないものです。だから、失敗をレポートにまとめても、いつかロッカーの奥深くに仕舞い込まれて忘れ去られます。

また、失敗情報は変化したがります。管理体制や労働環境が原因となった失敗は、しばしば個人のせいにされます。組織の中の力関係で、原因の所在が変わってしまうこともあります。幸い「笠盛」にはいませんが、自分の失敗を部下に押しつける上司、などというのはこの典型です。

第4に、失敗情報は単純化を志向します。失敗の多くは複数の要因が絡み合って起きるものです。だから一言で説明するのは難しいのに、しばしば一言でまとめられてしまいます。省かれたことが多すぎるため、同じ失敗が繰り返すのを防ぐ役にはたってくれません。

最後に、失敗はローカル化しやすいものです。誰しも、自分の失敗は隠したいものです。あからさまになれば評価が下がるなどの不利益を被る恐れがあります。だから、自分の部課の失敗を、できるだけ他の部課に知られないようにしようという心理が働きます。おかげで、折角の失敗情報が他には伝わりにくくなります。

失敗情報には、以上5つの性質があります。だから、失敗は隠すのではなく、誰でもがアプローチできる情報にしなければ生かせません。それが、「失敗の見える化」です。せっかく失敗したのです。みんなで生かして使わなければもったいないではないですか! まず文書にまとめ、みんなで知識として共有し、同じ失敗を繰り返さないように習慣化して伝えていくのです。

では、失敗情報を文書にするときに気をつけたいことをまとめてみます。

事象:どのようなことがあったのか
経過:どのように進行したのか
原因:起きた原因(推定でも可)
対処:失敗に対してどんなことをしたか
総括:多方面から全体を総括したまとめ

以上です。

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笠原 康利
1948年3月18日生まれ 好き:仕事、ワイン、落語、漫才、みんなの笑顔、家族、妻(多分) 嫌い:仕事、ホルモンのシロ=噛みきれないので、妻(多分) 得意:笑顔、プログラミング、早食い、経営(多分)、妻(多分) 苦手:指相撲、妻(多分) 似ている芸能人:藤山寬美、キムタク(多分)