「笠盛」の履歴書 — その40 おわりに
笠盛の歴史を一言で表すと 「おかげさまで」 という言葉になります。笠盛は色々な人達に助けて貰いながら歴史を作ってきました。 小学校入学時、一年遅らせて入学させたいと母が先生に相談したほど引っ込み思案の私でした。それ...
第2部 「笠盛」の履歴書笠盛の歴史を一言で表すと 「おかげさまで」 という言葉になります。笠盛は色々な人達に助けて貰いながら歴史を作ってきました。 小学校入学時、一年遅らせて入学させたいと母が先生に相談したほど引っ込み思案の私でした。それ...
第2部 「笠盛」の履歴書社長を辞める時期が間もなく来る、というのは古希を目前にした数年前から私の思いの中にうっすらとありました。実は、それもあって権限の分散を考え始めたともいえます。私の次に社長になる人に、私のような辛い思いをして欲しくない、...
第2部 「笠盛」の履歴書いま「笠盛」のホームページ(http://www.kasamori.co.jp/company/)を開いていただくと、会社概要のページがあります。そこに記した信条、スローガン、理念はこの頃作ったものです。念のため、ここ...
第2部 「笠盛」の履歴書「第2期関東・臥龍本気塾」は同じ年の12月に開かれる予定でした。ということは、事業計画の1番目、年内に東京で個展を開く、という目標は「第2期の初日」が開かれるまでに実行しておかねばなりません。 当時、刺繍屋が1軒だけで...
第2部 「笠盛」の履歴書メルマガを読み、先生のホームページを見ていて、臥龍先生が大阪で「関西・臥龍本気塾」というのを開いていらっしゃることを知りました。臥龍先生は、 「人生は根拠のない確信で始め、走りながら自信に変える道のり。壁に当たったとき...
第2部 「笠盛」の履歴書ここで臥龍先生こと、角田識之先生のことを書いておきたいと思います。「はじめに」でも少し触れましたが、どん底に落ちた私が藁をもすがる思いで門下生に加えていただき、そのご指導、経営哲学に大きく感化された先生です。いまの「笠...
第2部 「笠盛」の履歴書無論、テロ事件の余波がいつまでも続いたわけではありません。気を取り直し、イタバシニットからの注文が減った分をカバーする仕事を探し回ったことはいうまでもありません。そして、海外からの注文も徐々に回復してきたのです。だが、...
第2部 「笠盛」の履歴書翌日から、雇い入れた20人の研修を始めました。ミシンについてはほとんど素人ばかりなので、1から教えなければなりません。 刺繍をするには上糸と下糸があり、両方のテンション(糸をはる強さ)のバランスが狂うとうまく仕上がら...
第2部 「笠盛」の履歴書2001年に入ると、立ち上げの準備に追われました。まず、工場をどこにするか決めねばなりません。イタバシニットと同じ工場団地内に新しく工場を造れば巨額の資金が必要になり、リスクが膨らみます。初期投資を抑えたい私は、工場団...
第2部 「笠盛」の履歴書何度も書きますが、私は、つくづく運のない経営者だと思います。 イタバシニットとのお約束では、1998年に独立して「笠盛」の現地工場を造るはずでした。その日が指折り数えるほどになった1997年7月、世に言うアジア通貨危...