そのような経緯もあり、本を出した後も、「笠盛」と笠原家の歴史を少しでも実像に近づけたいと、機会ある毎に様々な方々にお話しを伺ってきました。何しろ、いまの笠原家の最古参である私の記憶を掘り起こしても本でご紹介した程度のことしか浮かんでこない。だとすれば、私が見いだし得なかった笠原のルーツや「笠盛」にまつわる事実の探索を子供や孫の代に委ねても、進展は期待出来ません。私の代に出来るかぎりの調査をしなければ、「笠盛」、笠原家の歴史の多くの部分がやがて闇の中に消えてしまいます。それは何としても残念なことです。
そう思って作業を続けた結果、ほんの少しだけですが、本には間に合わなかったことが分かってきました。それをWebページで皆様にお届けしたいと考えたわけです。
1点目は、著書では明治10年(1877年)と記した「笠盛」の創業時期についてです。
私の記憶だけを頼りに創業年を断定したことが何となく不安で、もっとはっきりした記録がないものかと、桐生市にある「桐生市歴史文化資料館」にお願いしていました。すると、貴重な資料を見つけていただいたのです。明治44年(1911年)に発行された「工場通覧」です。政府が全国の工場を調べたもので、その群馬県の項に
「笠原工場」
が記載してあり、創業年月は
「明治13(1880年)年5月」
と記載されています。調べていただいた川嶋伸行さんによると、
「工場通覧の調査者サイドには創業に関する資料はないと考えられるので、一定のフォーマットに工場側が記入して提出したものだろう」
ということです。ということは、創業者である笠原嘉吉、あるいは従業員がそのような報告書を作ったのでしょう。
これは、私の記憶とは食い違います。私が父・勝から何度も聞かされたのは、「笠盛」の創業は明治10年(1877年)ということでした。いまでも耳にこびりついています。
まさか父が記憶違いをしていたとは思えません。では、なぜこのような食い違いが生じたのだろう?

1948年3月18日生まれ
好き:仕事、ワイン、落語、漫才、みんなの笑顔、家族、妻(多分)
嫌い:仕事、ホルモンのシロ=噛みきれないので、妻(多分)
得意:笑顔、プログラミング、早食い、経営(多分)、妻(多分)
苦手:指相撲、妻(多分)
似ている芸能人:藤山寬美、キムタク(多分)











