繰り返しになりますが、私たちが目指したのは、「手芸」の刺繍で「珠」を作ることではありません。それだと、例えできたとしてもほんの一部の方々にしかお買い上げいただけない法外な価格になりかねないことはすでにご説明しました。あくまで機械生産で大量の刺繍の玉を創り出し、お手頃価格でオシャレを楽しんでいただくのが私たちの目標です。
だから、コンピューターミシンで珠を作る。ここが最大の難所なのです。
岡田さんがプログラミングを終えると、ミシンを制御するコンピュータにロードして試作の開始です。
ミシンが動き出す。片倉君はミシンの操作もできます。
「よし、珠ができ始めた。これはうまく行きそうだ……、ああっ!」
途中までできていた珠がひしゃげてしまいました。また設計からやり直しです。
「今度の設計図なら」
それでもうまくできません。数カ所で糸切れが起きたようで、「珠」の表面に毛羽が立っています。
再び設計図を手直ししてプログラミングのやり直しです。
今度は糸切れもなく、途中までうまく「珠」になっていたのに、最後はひしゃげていびつになってしまいました。
「これ、何でいびつになるんだろう?」
いびつになってしまった「珠」を虫眼鏡で点検していた片倉君がいいました。
「これ、この糸が悪さをしているようだ。この糸を0.2mmほど下にずらしたらいびつさが消えて「珠」になるんじゃないかな。それに、この糸にかけるテンションももう少し落とした方がいい。プログラミングをやりなおして」
片倉君と岡田さんは何度も試行錯誤を重ねました。途中でひしゃげてしまった珠を横に置いて設計図を手直しし、プログラミングをやりなおす。いびつな珠をはき出したミシンの横で、プログラミングの数字を微調整する。そして再びミシンを動かしてみる。
しかし、なんどやっても、工場のミシンは「珠」を生み出してはくれませんでした。
開発を始めたのは2012年の秋のことです。街に陽気なクリスマスソングが流れて何となく浮き立つクリスマスも、新しい年を迎えて1年の計を立てる正月もいつの間にか過ぎ去りました。やがて厳しい寒さが緩んで赤城山の雪も消え、桜が満開になり、真新しいランドセルをしょって小学校に通い始めた子供たちの黄色い声が街に満ち、桐生市を抱きかかえるように連なる山々が新緑でオシャレに着飾る春になっても出口は一向に見えませんでした。
「ふーっ、できないねえ」
やがて、風薫る五月。インテリア・ライフスタイル展の開催まで、残された時間は1ヶ月を切りました。

1948年3月18日生まれ
好き:仕事、ワイン、落語、漫才、みんなの笑顔、家族、妻(多分)
嫌い:仕事、ホルモンのシロ=噛みきれないので、妻(多分)
得意:笑顔、プログラミング、早食い、経営(多分)、妻(多分)
苦手:指相撲、妻(多分)
似ている芸能人:藤山寬美、キムタク(多分)

















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