その30 珠が、できた!

 最近、若い人たちに創造性が求められるようになりました。明治維新のあと、ずっと先を行く西洋諸国に追いついて近代国家に生まれ変わろうという時代に求められたのは記憶力です。とにかく学ぶ。学んだことを記憶する。確かに、追いつくためにはそれが最も有効なやり方だったでしょう。ところが日本も先進諸国の1つにまで成長した。だから、もう学ぶだけの時代ではなく、自分の知恵と力で新しいものを創り出さねばならない時代になったということでしょう。それに、コンピューター技術、インターネットの急速な進歩も、「覚える」ことから私たちを解き放ました。覚えることは、私たちよりコンピューターの方がはるかに上手で正確です。私たちは必要なときに、その知識をパソコンやインターネットから取り出してくればいい。

 だから、いまは創造性が何よりも求められる時代なのです。

 しかし、考えてみれば私たちメーカーは、そんなことがいわれるずっと前から、「創造」を繰り返してきたのではないでしょうか? 進んだところから技術を学び、何とか追いついたと思ったら、次は自分で新しいものを創るしかありません。それがメーカーの宿命です。

 新しいものを創り出すことは楽しい事ですが、必ず苦しさが伴います。何度やっても、どう工夫しても思ったものができない。自分には新しいものを創り出すなんて才能はないのではないか? そんな思いと付き合っていかねばならないのが、創造ということなのだと思います。

 片倉君と岡田さんは、半年以上もそんな苦しみと付き合い続けていました。

 2013年の5月も終わろうというころでした。

「これ、全部珠になってるんじゃないかな?」

 刺繍ミシンに付きっきりで、ミシンがはき出す刺繍のネックレスを拡大鏡で点検していた片倉君が、ボソッと言いました。

「ホント? 見せて!」

 横にいたプログラマーの岡田さんができたばかりのネックレスをひったくるように手に取りました。直径4mmから9mmまで、大きさがそれぞれに違う107七個の珠が連なったネックレスです。

「出来てる! 全部珠になってる!!」

 念には念を入れる。片倉君はネックレスを取り戻すと、手元の拡大鏡で107個の珠をもう一度、1つ1つ点検し始めました。16個までは珠ができていたのに、17個目がひしゃげていた、27個までは大丈夫なのに28個目で糸切れがあった。そんな「事故」に何度も遭遇していただけに、片倉君の点検は執拗でした。

「うん、大丈夫だわ。全部、みんな立派な珠になってる!」

「できたんだね」

 ほとんどの従業員が帰宅したあとのガランとした刺繍工場の一隅で、2人は心の奥底から沸き上がってくる喜びをかみしめたのに違いありません。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

ABOUT US
笠原 康利
1948年3月18日生まれ 好き:仕事、ワイン、落語、漫才、みんなの笑顔、家族、妻(多分) 嫌い:仕事、ホルモンのシロ=噛みきれないので、妻(多分) 得意:笑顔、プログラミング、早食い、経営(多分)、妻(多分) 苦手:指相撲、妻(多分) 似ている芸能人:藤山寬美、キムタク(多分)