その21 それは無理

 「えっ、糸で珠を作るって、そんなに難しいの? 糸でできた手鞠もあるではないか」

 とお考えになる方もいらっしゃるでしょう。確かに糸でできた手鞠はあります。だけど、糸でできた手鞠はある程度の大きさがあるからできるのです。

 手鞠は球形の芯に糸を回して造ります。芯があるのですから、巻いた糸は上から芯に縫い付けることができます。だから、出来上がった手鞠の糸はバラバラにほぐれたりはしません。

 しかし、私たちが刺繍で作ろうとしている珠は手鞠よりはるかに小さいものです。手鞠ほどの大きさの玉が連なったネックレスをする人はいないでしょう。珠の芯が小さければ、巻いた糸をその芯に縫い付けるのは難しい作業になります。

 それに、目指しているのは、糸だけで作る「珠」なのです。ケミカル刺繍ですから芯を使うにしても最後には水で溶かしてしまいます。縫い付けた土台が消えてなくなるのですから、手鞠と同じ作り方をしたのではバラバラになってしまいます。

 グルグルと糸を巻いて、とりあえず球形を造ることはできます。でも、どこにも縫い付けられていない糸ですから、ちょっとしたはずみでほどけ始めます。ほどけてはいけないので、できた球形に糸をさして止めなければなりませんが、下手に止めると「珠」が「珠」ではなくなり、ゴツゴツした石のような不格好なものになってしまいます。

 では、上手に止めて、「珠」を「珠」の形のままにしておけるか?

 すべて手作業でやればできるかも知れません。しかし、慎重な作業が必要で、しかもネックレス1つに数10から100を越える玉が必要ですから、作業時間は膨大になります。ひょっとしたら、糸で造った一本のネックレスが100万円、1000万円などということになるかも知れません。そんな高価な、糸でできたネックレスを買ってくださる人があるとは思えません。

 だから、刺繍の業界では、

「それは無理」

 が常識だったのです。刺繍で珠を作ってやろうなんて人も会社も、それまで存在しなかったのです。

「笠盛」で、玉があったらいいと言い出した人も、それを聞いた人も、その場は、

「無理、無理」

 で片付けてしまいました。

「そんなことないよ。やり方によってはできると思うよ」

 などと反論する人は一人もいませんでした。 いま「笠盛」の主力商品に育った「000」には、大小の「珠」を使ったものがたくさんあり、中核商品になっていることはご存じの通りです。しかし、こんなものが創り出せるとは、当時の「笠盛」では、社長から社員まで全員が考えもしていなかったのです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

ABOUT US
笠原 康利
1948年3月18日生まれ 好き:仕事、ワイン、落語、漫才、みんなの笑顔、家族、妻(多分) 嫌い:仕事、ホルモンのシロ=噛みきれないので、妻(多分) 得意:笑顔、プログラミング、早食い、経営(多分)、妻(多分) 苦手:指相撲、妻(多分) 似ている芸能人:藤山寬美、キムタク(多分)