その11 50着

 その2。

 悪いことには悪いことが重なるように、いいことにはいいことが重なります。私たちは間もなく、さらなる驚きに出会いました。

「これ、50着ちょうだい」

 開場して間もなくのことでした。スッと入ってきた50歳前後の美しい女性が私たちと二言三言(もちろん、通訳を介してですが)言葉を交わし、ホンの少し「KASAMORI LACE」の説明を聞いてもらったかと思うと、突然そういったのです。

 50着! 通訳間違いか、通訳の聞き間違いではないかとあっけにとられました。見ると、彼女が指さしているのは片倉くんが飾りたてたハンガーにかけたボレロです。あっけにとられたまま注文票を渡すと、彼女はサラサラと必要事項を記入し、

「それでは、よろしく」

 という言葉を残して何事もなかったかのような表情で次のブースを目指して歩き去りました。テーブルに残された注文票を見ると、アイスランドの人でした。そして、間違いなく「50着」と書いてあります。日本での商習慣しか知らない私たちには衝撃でした。

 私たちは日本での展示会ならたくさん経験があります。日本ではまず私たちと訪れた購買担当者の間で雑談が始まります。天気の話、スポーツの話題、業界のこぼれ話などあれこれ世間話をしているうちに、おもむろに

「この製品はおたくの会社にピッタリですよ」

「お値段もギリギリまで努力させていただきますけど」

 といった私たちの売り込みが始まり、商談に移るのです。うまく進めば最後に

「じゃあ、これを20着もらっておこうか」

 などという注文をいただきます。二言三言でまとまることはまずありません。何度も取引をして「笠盛」の技術、デザイン力、製品をよく知っている顔なじみのバイヤーなら

「ちょっと先を急ぐので、注文だけ入れておくよ」

 ということもないではないのですが、初めての取引では絶対にそんなことは起きません。

 50着の注文を入れた彼女にとって私たちは、当然初対面です。遠い日本という東洋の島国からやってきた、見も知らぬ刺繍メーカーに過ぎないのです。

 それなのに、雑談どころか、商品についての説明もほとんど求めず、たったあれだけの会話ともいえない会話で50着。

「日本の常識と海外の常識は全く違うようだね」

「海外の展示会って凄いな!」

「『モーダモン』の初っぱなからこれだ。なんか凄いことになるぞ!」

 私たちがブース内で盛り上がったことはいうまでもありません。

 ひょっとしたら、これまでの日本メーカーがコツコツと積み上げてきた努力で、日本の製品はおしなべて優秀だ、商取引も真面目だ、という定評ができているのかなとも思いましたが、海外を相手にするのはこれが初めての私たちに分かるはずもありません。

 もっとも、私たちは間もなく、初日の午前中のできごとは、単なるビギナーズラックに過ぎなかったと思い知らされることになるのですが、まだそんなことは「知らぬが仏」の三人です。

「『笠盛』に革命が起きた!」 

天にも昇る心地とはこういうものかという幸福感を味わっていました。

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笠原 康利
1948年3月18日生まれ 好き:仕事、ワイン、落語、漫才、みんなの笑顔、家族、妻(多分) 嫌い:仕事、ホルモンのシロ=噛みきれないので、妻(多分) 得意:笑顔、プログラミング、早食い、経営(多分)、妻(多分) 苦手:指相撲、妻(多分) 似ている芸能人:藤山寬美、キムタク(多分)