「笠盛」の履歴書 — その23 石油危機

 実家に戻った私は、まず刺繍用のミシンが並んだ工場に入りました。それまでは実家の仕事には全くといっていいほど関心を持たず、ノーテンキに過ごしてきた私ですが、家業を継ぐとなればまず刺繍のことを知らねばなりません。「笠盛」はいったいどんな刺繍をしているのか。そもそも刺繍とはどんな機械で、どんな作業で出来るものなのか。それを知らねば営業だって出来ません。自分でもミシンの前に座り、職人さんに教えてもらいながら刺繍をやってみました。

 家業に戻ったといっても、まだ経営を引き継いだわけではありません。ずっと帯の機屋を経営してきた父は、刺繍に業種転換したことで事業意欲をすっかりなくしたようで、もっぱら財界活動やロータリークラブの活動にのめり込んでいました。刺繍業を取り仕切っていたのは母の房子でした。私も会社の経営は母に任せっきりで、それまで関心も持ちませんでした。

 時折「笠盛」の話を聞くこともありましたが、

「勤め先に比べると、甘い経営だな。特に人事管理がダメだ」

 などと、人ごとのように考えていたのです。

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笠原 康利
1948年3月18日生まれ 好き:仕事、ワイン、落語、漫才、みんなの笑顔、家族、妻(多分) 嫌い:仕事、ホルモンのシロ=噛みきれないので、妻(多分) 得意:笑顔、プログラミング、早食い、経営(多分)、妻(多分) 苦手:指相撲、妻(多分) 似ている芸能人:藤山寬美、キムタク(多分)