「笠盛」の履歴書 — その33 9・11

 翌日から、雇い入れた20人の研修を始めました。ミシンについてはほとんど素人ばかりなので、1から教えなければなりません。

 刺繍をするには上糸と下糸があり、両方のテンション(糸をはる強さ)のバランスが狂うとうまく仕上がらないこと、テンションは気温や湿度で変わり、糸の調子を見ながらコンピューターでコントロールしなければならないこと……。

 手取り足取りに近い指導で、一週間ほどたつと全員が何とかミシンが操れるようになりました。さて、いよいよ刺繍を始めなければなりません。

「P.T.KASAMORI」は、イタバシニットからの注文を受けることを大前提としてつくった会社です。イタバシニットから出るはずの仕事の量に合わせてミシンの台数を決め、従業員数を決めたのです。

 それなのに、ちょうど工場を動かし始めた頃にイタバシニットに変調が現れ始めました。中国のニット工場が急速に力をつけ、イタバシニットの市場に食い込み始めたのです。インドネシアのイタバシニット工場は見る見るシェアを失い、生産が細りました。ということは、うちの工場への発注も、こちらが予定した量を大きく下回るということです。ミシンも従業員も余るようになってしまったのです。

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笠原 康利
1948年3月18日生まれ 好き:仕事、ワイン、落語、漫才、みんなの笑顔、家族、妻(多分) 嫌い:仕事、ホルモンのシロ=噛みきれないので、妻(多分) 得意:笑顔、プログラミング、早食い、経営(多分)、妻(多分) 苦手:指相撲、妻(多分) 似ている芸能人:藤山寬美、キムタク(多分)