「笠盛」の履歴書 — その32 そして、暴動

 2001年に入ると、立ち上げの準備に追われました。まず、工場をどこにするか決めねばなりません。イタバシニットと同じ工場団地内に新しく工場を造れば巨額の資金が必要になり、リスクが膨らみます。初期投資を抑えたい私は、工場団地の外で借りることを考えました。あちこち探し歩き、イタバシニットの工場とジャカルタとのちょうど中間あたりにある中華料理店に目を着けました。すでに廃業しており、空き家になっていたのです。

 その空き家の目の前に花王の現地工場がありました。暴動の波は治まったとはいえ、日本に比べればインドネシアの治安はよくありません。だから、

「花王さんは日系の会社。うちの工場に何かがあったときはきっと助けてもらえる」

 と勝手に判断したのです。

 工場が決まると、刺繍用ミシンを4台入れました。1台のミシンに縫うところが10ついているもので、4台で同時に40の刺繍をすることが出来ます。

 そこまで準備が整うと、次は従業員募集です。日本と違い、求人誌や職安などはありません。

「採用するのは20人だから、広く知らせる必要もないだろう」

 と思って、工場の門の前に社員募集の張り紙を出しました。私としては、2、30人の応募があればいいだろう、という軽い気持ちでした。

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笠原 康利
1948年3月18日生まれ 好き:仕事、ワイン、落語、漫才、みんなの笑顔、家族、妻(多分) 嫌い:仕事、ホルモンのシロ=噛みきれないので、妻(多分) 得意:笑顔、プログラミング、早食い、経営(多分)、妻(多分) 苦手:指相撲、妻(多分) 似ている芸能人:藤山寬美、キムタク(多分)