無論、テロ事件の余波がいつまでも続いたわけではありません。気を取り直し、イタバシニットからの注文が減った分をカバーする仕事を探し回ったことはいうまでもありません。そして、海外からの注文も徐々に回復してきたのです。だが、次に直面したのは構造的な問題でした。
「P.T.KASAMORI」は、イタバシニットの仕事をこなす目的でつくりました。工場の規模も、イタバシニットのサイズに合わせたものです。年間に100万枚程度の生産能力しかありません。
新しく出始めた注文はずっと規模の大きいものでした。1つの注文が50万枚、100万枚のもので、しかも納期は1ヶ月、2ヶ月なのです。「P.T.KASAMORI」で受けることが出来る規模ではありません。そうしたサイズの注文を除くと、ほとんど仕事がないのです。
アパレルメーカーが、低賃金のアジアを生産基地として使い、世界中に販売しようとすれば、当然そういうことになります。しかし、それは「P.T.KASAMORI」の計画には入っていなかったことなのです。
2年目も赤字でした。そして3年目も赤字。
「広い工場に移って生産能力を高めようか」
とも考えました。しかし、そんな大規模工場にして、営業活動が追いつくのか。迷いに迷いました。
経営の決断を下すには、様々な要素を検討しなければなりません。
もともとインドネシアに出たとき、イタバシニットに頼み込まれたこともありますが、私はここを世界に向けた生産基地にしようという夢を持つようになっていました。安い人件費を武器に、アジアだけでなくヨーロッパ、アメリカにも攻勢をかける。だから、大きな工場を持つというのも一つの選択肢です。
しかし、ここの技術レベルでそれが出来るか? とも考えました。だから、雇用した工員たちを何とか育てようとできるだけの努力はしたはずです。中には優秀な子もいましたが、平均レベルは日本よりはるかに下なのです。刺繍の仕上がりが不安定、という欠点がどうしても消せませんでした。この品質で欧米を舞台に戦えるか?

1948年3月18日生まれ
好き:仕事、ワイン、落語、漫才、みんなの笑顔、家族、妻(多分)
嫌い:仕事、ホルモンのシロ=噛みきれないので、妻(多分)
得意:笑顔、プログラミング、早食い、経営(多分)、妻(多分)
苦手:指相撲、妻(多分)
似ている芸能人:藤山寬美、キムタク(多分)
















