桐生高校を卒業して、大学は中央大学理工学部管理工学科に進みました。
私は実質長男ですから、家業を継ぐのは当たり前、というのが父の考えで、私もそんなものだろう、と思っていました。中学、高校ぐらいの年代になると
「人生、如何に生きるべきか」
「家業を継ぐのが俺の天職か?」
などと自分の将来を深く考え、悩み始める人が多いと思うのですが、私はまったく考えもせず、悩みもせず、ノーテンキでした。生まれたときから定まっていた人生を、疑いもせずに受け入れていた、というところでしょうか。なにしろ、帯の機屋を継ぐことに決まっているのです。考えたところで、何かがどうなるわけでもないではないか、とむしろ前向きに考えていました。
理工学部を選んだのは、漢字が苦手だったからです。読めるが、あまり書けない。国語も日本史も答は分かるが書けないんです。帯の機屋の経営者にならなければならないのですから、経営学部、というのが一番まともな選択だったとは思いますが、私は理科系に逃げたんです。
父が機械いじりが大好きだったことが幸いしました。私が自分の進路を相談すると、
「いいだろう」
と、二つ返事で認めてくれたのです。

1948年3月18日生まれ
好き:仕事、ワイン、落語、漫才、みんなの笑顔、家族、妻(多分)
嫌い:仕事、ホルモンのシロ=噛みきれないので、妻(多分)
得意:笑顔、プログラミング、早食い、経営(多分)、妻(多分)
苦手:指相撲、妻(多分)
似ている芸能人:藤山寬美、キムタク(多分)















