髙橋君もオランダで勉強した後、日本の大手デザイナーブランドで働いていました。現在は生産総てを管理しています。パリの大手メゾン、ニューヨークのデザイナーブランドとは得意の英語で交渉し結果を出しました。
大谷君、小越君は大変な時期の笠盛を支えてくれました。大谷君はとても器用な人で、何でも作り、何でも刺繍する事ができてみんなから頼りにされる存在でした。二人とも夜遅くまで働くことが多く、仕事を終えた2人を誘って一緒に焼き鳥を食べながら飲んだことは数えきれません。
社長を退くいま、私の胸は社員のみなさんへの感謝の思いで一杯です。笠盛が復活できたのは私の力ではありません。みなさんの力があったからこそ、です。本当にありがとうございました。
インドネシア事業では元東洋紡の鈴木さんに大変お世話になりました。P.T.KASAMORIで営業から生産まで見ていただき、戦い破れて撤退する際は、その手続きを鈴木さんに総てやって頂きました。大変な思いをしたインドネシアでしたが、鈴木さんと楽しい冗談を言い合っていたことは、今となっては楽しい想い出です。
インドネシア撤退時に臥龍先生にお会いしたことが、笠盛が変わる大きなきっかけでした。臥龍こと角田識之先生はAPRP(アジア・パシフィック・ルネッサンス・アソシエイション)の発起人の一人です。APRPは「人を大切にする経営」を学び、実践することを通じて、「何かで日本一、世界一」になることを目指して「志高い仲間」と競い合う集団です。私も一員に加えていただき、仲間たちとの勉強に大いに刺激を受けたことが会社を変えるきっかけとなりました。臥龍先生のご指導のおかげでいまの私、いまの笠盛があるのは間違いありません。
此処に書き切れない程の多くの方のおかげで今日の笠盛があります。皆様のおかげで成り立っているのが笠盛です。社長が若返って、笠盛はこれからもっともっと熱くなります。
熱い笠盛をこれからも宜しくお願い致します。

1948年3月18日生まれ
好き:仕事、ワイン、落語、漫才、みんなの笑顔、家族、妻(多分)
嫌い:仕事、ホルモンのシロ=噛みきれないので、妻(多分)
得意:笑顔、プログラミング、早食い、経営(多分)、妻(多分)
苦手:指相撲、妻(多分)
似ている芸能人:藤山寬美、キムタク(多分)















