私の一族は女系家族であるようで、2代目盛(もり・1886―1960)も入り婿でした。嘉吉の2人の男の子がそろって夭折したためでした。記録では明治44年(1911年)、盛は嘉吉の長女テツと結婚し、笠原を名乗っています。
盛の実家は足利の柳田家で、美智子妃の実家である正田家とも親戚筋に当たる名家だと聞いています。渡良瀬川の水利権を持っていたといいますから、おそらく川にあった港の権利を持ち、運搬船を擁して運送業を営んでいたのでしょう。「笠嘉織物」は織り上がった帯を馬車や荷車に積んで柳田家の港まで運び、都会に向けて出荷していたようです。仕事がきっかけで付き合いが始まった嘉吉と柳田家の当主はよほど気が合ったようで、いつしか昵懇の中になっていました。
その柳田家が明治も終わりに近づいた頃、突然没落しました。多分、鉄道が整備されたことなどで物資輸送のインフラが変わってしまい、莫大な利益を生み出していた港や水利権が役にたたなくなって収入の道を閉ざされたためだと思われます。

1948年3月18日生まれ
好き:仕事、ワイン、落語、漫才、みんなの笑顔、家族、妻(多分)
嫌い:仕事、ホルモンのシロ=噛みきれないので、妻(多分)
得意:笑顔、プログラミング、早食い、経営(多分)、妻(多分)
苦手:指相撲、妻(多分)
似ている芸能人:藤山寬美、キムタク(多分)















