「笠盛」の履歴書 — その29 インドネシア

 大失敗に終わったインドネシアに出たのは1992年のことでした。石油危機による不況のさなかに大変お世話になったイタバシニットが4年前に現地生産を始めておられ、

「『笠盛』さんも現地に工場を持って協力してくれないか」

 と声をかけられたのです。刺繍を現地の工場に出しているのだが、仕上がりが悪い。刺繍は「笠盛」にやってもらわないといいニット製品に仕上がらない、というのです。

 笠盛にとっては救いの神となったイタバシニットからのお誘い、要請です。加えて、当時の笠盛は絶好調でした。さらに上を目指して一皮も二皮もむけるには海外進出もありかな。話を受けた私はそんな思いを抱きました。

 とはいえ、現地に工場を持つとすれば巨額の投資が必要になります。いい加減さを取り得とする私ではありますが、すぐに

「はい、分かりました。出ましょう」

 というわけにはいきません。ここは慎重に構えざるを得ないところです。まずは現地を見てみなければ判断のしようがないと、1991年暮れ、インドネシアに視察に出向きました。

ABOUT US
笠原 康利
1948年3月18日生まれ 好き:仕事、ワイン、落語、漫才、みんなの笑顔、家族、妻(多分) 嫌い:仕事、ホルモンのシロ=噛みきれないので、妻(多分) 得意:笑顔、プログラミング、早食い、経営(多分)、妻(多分) 苦手:指相撲、妻(多分) 似ている芸能人:藤山寬美、キムタク(多分)