コヴィーさんによると、何気なく使う言葉から「主体性」があるかどうかを見極めることも出来ます。染みついた社会通念から抜け出せないことを「反応的」と名付けると、
| 反応的な言葉 | 主体的な言葉 |
| どうしようもない | 代案を考えてみよう |
| 生まれつきだ | ほかのやり方が選択できる |
| あいつは頭にくる | 自分で自分の勧請をコントロールする |
| そういうことが認められるわけがない | 効果的なプレゼンテーションをしよう |
| しなくてはならない | そうすることに決めた |
| できない | 選択する |
| 〇〇でないとだめだ | 〇〇の方がいいと思う |
| 〇〇でさえあったら | 私が〇〇をする |
となります。
見て分かる通り、反応的な言葉は責任を負いたくない、という思いから出て来ています。反応的な言葉を使い続ければ、自分の反応はすでに決められている、全ては他人や環境のせいだ、と自分を洗脳することです。結果として被害者意識に陥り、自分の人生を作り出す能力をなくしてしまいます。
主体的な言葉を使おう。そうすれば主体性への自覚を養う第1歩になります。
ここまで説明して、ワークショップではありませんが、みんなに作業をお願いしました。
まず、大きな輪を描きます。この輪の中に、自分が関心をも持っていることをどんどん書き込んでもらいました。これは「関心の輪」です。
次は、「関心の輪」の中にもう一つ輪を描いてもらい、これを「影響の輪」と呼びました。先ほど書いた関心事のうち、自分でコントロールできるものを「影響の輪」に入れます。そうすると、世の中のことを、
・関心があり、自分でコントロールできること=影響の輪
・関心はあるが、自分ではコントロールできないこと=関心の輪
・関心がないこと=輪の外
に3分したことになります。
そして、みんなが自分の時間、エネルギーを何処に集中させているかを考えてもらいました。関心がないことには時間もエネルギーも割かないでしょうから、影響の輪か、関心の輪か、さてどちらでしょう?
これは、主体性への自覚を高めるもう1つの方法としてコヴィーさんが紹介しいている手法です。
主体的な人は多くの時間とエネルギーを「影響の輪」に注ぎます。自分でなんとか出来ることに集中するわけです。これを続けると影響の輪は大きく広がります。
しかし、自分では何ともできない「関心の輪」に時間とエネルギーを注ぎ込んでいる人は、結果的に自分では何ともできないことに振り回されているわけで、主体的な生き方からは遠いことになります。
考えてみれば、私たちが直面する問題は3つに分かれます。
・直接コントロールできる問題
・間接的にコントロールできる問題
・全くコントロールできない問題
です。
全くコントロールできない問題は、放っておくしかありません。しかし、自分でコントロールできる範囲にある問題は、いまは解決できなくても、あなたが変われば、習慣を変えれば解決できます。間接的にコントロールできる問題とは、あなたはない誰かだったら解決できる問題です。あなたが主体的になり、その誰かに働きかけて協力を引き出すことで解決できるはずです。
いずれにしても、その問題の解決の第1歩は私たち自身が踏み出さねばなりません。私たちの「主体性」が問われるのです。
この本に印象的な一節がありました。
問題は自分の外にあると考えるならば、その考えこそが問題である。
問題は自分の外にあるという考え方は、これまでに使った言葉で言えば「反応的」です。周りに、環境に支配されることを認める態度といえます。
しかし、主体性を身につけた人のアプローチは違います。まず自分のあり方を変え、自分の外にあることをプラス方向に転換させようとします。自分が率先して変わることで周りに影響力を及ぼそうという「インサイド・アウト(内から外へ)」が実行できれば、私たちはもっと勤勉に、創造的に、協調性のある人格に、なることが出来るのです。
ここまで読んでくると、「主体的」とは、いわゆる世の中の「常識」に盲従せず、常にコヴィーさんの言う「原則」に立ち返って何が正しいかを考え、行動し、周りに働きかけること、ともいえます。
ここまで、私がこの本から読み取ったことをみんなに説明しました。

1948年3月18日生まれ
好き:仕事、ワイン、落語、漫才、みんなの笑顔、家族、妻(多分)
嫌い:仕事、ホルモンのシロ=噛みきれないので、妻(多分)
得意:笑顔、プログラミング、早食い、経営(多分)、妻(多分)
苦手:指相撲、妻(多分)
似ている芸能人:藤山寬美、キムタク(多分)
















