その20 珠(たま)

「珠(たま)があったらいいよね」

 いつものように「KASAMORI LACE」をもっと良くしようとみんなが職場で顔を突き合わせていたときのことです。誰かがポロッとそんな一言を漏らしました。あれは、いま思い起こすと、開発がやっと軌道に乗り始めた2009年か2010年のことでした。

 ご存じのように、刺繍でできたものはほとんどが平板です。細かく見れば表面は複雑に糸が重なりあって凹凸をつくり、光の当たり方で表情を変えるところがプリント模様との最大の違いです。でも少し離れて眺めれば、刺繍は平らにしか見えません。私たちは、刺繍でアクセサリーを創ろうと、生地がないケミカル刺繍の技術を使ってあれこれデザインしていましたが、それでも「刺繍」の例外ではありませんでした。離れて見ると平板に見えるものしかできなかったのです。

 私たちが作っていたのは、平らな、ヒラヒラした形をつなぎ合わせて紐のようにしたネックレスやブローチに過ぎません。それだけで「独立」したアクセサリーにするにはインパクトが足りません。このままでは、バイヤーやデザイナーが、服に縫い付けて服を飾り立てるパーツとして使いたくなるのが当たり前でもあります。

 私たちは、刺繍によるアクセサリーの市場を作り出そうと努力しているのです。平板な紐のような刺繍では、なかなかそんな市場はできないでしょう。

 では、アクセサリーとして独り立ちするには何が必要か?

 3次元の造形です。金、銀のネックレスも、ダイヤモンドやルビー、サファイヤのブローチも、すべて3次元のデザインが施されています。ダイヤモンドに様々なカットの仕方があるのは、3次元だからできることです。薄べったい紐のようになった金や銀のネックレスを首にかけたいという人がどれだけいるでしょう? アクセサリーに立体感は欠かせないのです。

「珠」

 とは、アクセサリーに必要な「立体感」を一言で表現した言葉でした。口にした人だけでなく、「KASAMORI LACE」の開発に関わっていた社員たちの心の中には、きっとそんな思いが一度は浮かんだに違いありません。どう工夫をしてみても、出来上がるのは紐状のものばかり。その制約の中でアクセサリーを作るのは、とても越えられそうにないハードルだったのです。だから「珠」なのです。

 しかし、周りの反応は冷ややかでした。

「無理、無理。そんなもん、無理だって」

 いや、ポロッと一言漏らした当人だって、刺繍で「玉」を造ることができるとは思ってもいなかったはずです。無理なことは分かっているけど、できたらいいね、という程度の四方山話だったのに違いありません。

 というのも、ミシンで縫う刺繍の世界では、「玉」は作れないというのが常識だったからです。

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笠原 康利
1948年3月18日生まれ 好き:仕事、ワイン、落語、漫才、みんなの笑顔、家族、妻(多分) 嫌い:仕事、ホルモンのシロ=噛みきれないので、妻(多分) 得意:笑顔、プログラミング、早食い、経営(多分)、妻(多分) 苦手:指相撲、妻(多分) 似ている芸能人:藤山寬美、キムタク(多分)