「笠盛」の履歴書 — その10 結核

 3代目になる父・勝(1912―1988)が家業を引き継いだのは終戦後間もなくのことでした。父は15、6歳の頃から仕事を手伝っていたといいますから、日々の仕事を通して、On The Job Trainingで盛の薫陶は充分受けて経営者になったのだと思います。そして昭和25年(1950年)7月1日には株式会社にしました。

 勝の学歴は桐生中学(現桐生高校)中退です。そのまま大学には進みませんでした。中学に入って間もなく、結核を発病してしまったからです。勝の母テツが結核で亡くなっていますが、母から移った結核菌が潜伏期間を経て暴れ出したのがその頃だったのか、他から菌を移されたのかははっきりしません。いずれにしても親子2代で同じ病と闘うことになったのです。

 勝が中学に入ったのは昭和恐慌の前ですから、会社には勢いがあり、我が家はまだ経済的には困ってはいませんでした。しかし、母はすでに世を去っていましたので勝は自立を強いられ、

「俺は毎日、前夜の残り物を見繕って自分で弁当を作って学校に行っていた」

 と何度も話していました。

 発病前で元気いっぱいだった勝は、中学では柔道部に入ろうとしました。しかし当時は柔道部の人気が高く、勝は選に漏れてやむなく剣道部に入りました。仕方なしの選択ではありましたが剣道がよほど体質に合っていたらしく、結核で中学を中退したあとも町の剣道場に通い続けました。晩年には5段になり、教師の資格を持っていましたので、それなりの腕になっていたと思われます。

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笠原 康利
1948年3月18日生まれ 好き:仕事、ワイン、落語、漫才、みんなの笑顔、家族、妻(多分) 嫌い:仕事、ホルモンのシロ=噛みきれないので、妻(多分) 得意:笑顔、プログラミング、早食い、経営(多分)、妻(多分) 苦手:指相撲、妻(多分) 似ている芸能人:藤山寬美、キムタク(多分)