「俺は剣道で結核菌に勝ったんだ」
というのが口癖で、その通り、昭和恐慌の逆風が吹き荒れ、家業の基盤がグラグラと揺れ動く中でいつしか病も癒え、従業員を解雇したあとの会社で、盛の右腕として力を発揮しました。
もともと機械いじりが好きだったようです。会社の仕事を手伝い始めると自動織機の修理や調整を1人でこなしました。普通、機屋は機械職人を雇うことはなく、こんな仕事は外注します。そのため、当時の桐生には織機の修理や調整をする業者がたくさんいたのですが、巨額の借金を抱えた上に、売りものである帯が売れないという二重苦を抱えた「笠盛織物」には、外注するお金もなかったわけです。
いくら機械いじりが好きで、幼い頃から織機に囲まれて育ったとはいえ、専門に勉強したことはありません。16、7歳で織機がすべてきちんと動くようにする責任を負わされるのは荷が重かっただろうと思います。しかし、のちにその苦労が全く違った形で生きることになります。若い時の苦労は買ってでもせよ、というのは真実かも知れません。
写真:3代目社長の勝

1948年3月18日生まれ
好き:仕事、ワイン、落語、漫才、みんなの笑顔、家族、妻(多分)
嫌い:仕事、ホルモンのシロ=噛みきれないので、妻(多分)
得意:笑顔、プログラミング、早食い、経営(多分)、妻(多分)
苦手:指相撲、妻(多分)
似ている芸能人:藤山寬美、キムタク(多分)















