勝については、どうしてももう1つ書き残しておかなければならないことがあります。
勝は挑戦者であり、開拓者であったことはすでに書きました。勝が創り出した新しい帯が世の中から大きな賞賛を受けたことも御説明した通りです。
しかし、勝が挑戦し、開拓したのは工場で作る製品だけではなかったのです。勝は繊維製品の流通改革に、他に先立って挑んだ経営の挑戦者、開拓者でもありました。
昭和22年(1947年)、勝は「笠盛織物」に加え、親族が経営する「笠茂織物工場」「柳田織物」「笠秀織物」「新重織物」「江雅織物工場」の6社を中核にし、趣旨に賛同する5、6社を加えて「笠盛組」を立ち上げました。自分の会社の一角に事務所を設け、専属の事務員を雇い入れました。この会社の目的は、流通経路の短縮です。
桐生の機屋は買継と言われる産地商社を通じて製品を出荷することを長年、当たり前の商習慣としてきました。その買継を流通過程から外し、消費地の二次問屋と直接結びつこうと試みたのです。
それは、メーカーが仕掛けた「流通革命」ともいえるものでした。

1948年3月18日生まれ
好き:仕事、ワイン、落語、漫才、みんなの笑顔、家族、妻(多分)
嫌い:仕事、ホルモンのシロ=噛みきれないので、妻(多分)
得意:笑顔、プログラミング、早食い、経営(多分)、妻(多分)
苦手:指相撲、妻(多分)
似ている芸能人:藤山寬美、キムタク(多分)
















