こうして明治10年、嘉吉は事業家への道を歩み始めました。藤吉の許しを得て笠原家の地所の一画に工場を建て、力織機を並べました。動力源は、敷地のすぐ前を流れていた掘り割りの水流で回す水車でした。親の助力を得たとはいえ、いまでいう「起業家」だったわけです。創業時の屋号は「笠嘉織物」といいました。笠原の「笠」と、嘉吉の「嘉」をとったのでしょう。
嘉吉の事業がどのように進んだのかも分かりませんが、織物で繁栄していた桐生で帯を織ったのですから、悪かったはずはありません。それに、義理の父の藤吉は糸商です。その人脈も大いに役立ったことでしょう。
私の父は勝(まさる)といいます。後に「笠盛」の3代目となる父が生まれた時、嘉吉は
「我が家に久々に男の子が出来た!」
と大喜びしたそうです。自分が入り婿で、しかもせっかく生まれた自分の息子2人を幼くして亡くしていたので、喜びはひとしおだったのでしょう。だから、食事の時はいつも孫の勝を自分の横に座らせ、お膳を並べて食べたと言います。ちゃぶ台ではなくお膳を並べて食事をしていたのですから、仕事は繁盛していたと思われます。

1948年3月18日生まれ
好き:仕事、ワイン、落語、漫才、みんなの笑顔、家族、妻(多分)
嫌い:仕事、ホルモンのシロ=噛みきれないので、妻(多分)
得意:笑顔、プログラミング、早食い、経営(多分)、妻(多分)
苦手:指相撲、妻(多分)
似ている芸能人:藤山寬美、キムタク(多分)















