「笠盛」の履歴書 — その20 ノーテンキ

 ただ、卒業後の進路は父が決めました。大学を出たら京都の呉服問屋で修行をする。四、五年たったら家業を引き継ぐ。それが父の出した条件でした。高校中退の父は、大学で学ぶことは趣味の延長、仕事は仕事をしながら覚えるものだ、とでも考えていたのかも知れません。

 家業を継ぐことに全く違和感がなかった私がそれを受け入れたのはいうまでもないことです。

 学生生活で特筆することはありません。東京・大久保の4畳半に下宿し、クラブ活動は管理工学研究部に入りました。当時の中央大学はキャンパス移転問題などがあって学生運動が盛んで、3年になると活動家がキャンパスをロックアウトし、授業がなくなりました。私はノンポリで、誘われてデモに出たことはありますが、もっぱらクラブに通って勉強していました。3年からは部長になり、50人ほどの部員を束ねることになりましたが、まあ、やったことといえば飲み会の設定ぐらいです。

 お年頃だというのに女性との浮いた話の1つもなく、いま考えれば、何と無駄な青春時代を過ごしたことか、というところです。

 こう見てくると、順風満帆とはいきませんが、それでも穏やかな人生行路が続いていたわけです。

 しかし、凪があれば嵐も来る。それが人生なのでしょう。卒業を前に、私の船は台風に突っ込んでしまいました。

 そうなのです。私は、運が悪いのです。

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笠原 康利
1948年3月18日生まれ 好き:仕事、ワイン、落語、漫才、みんなの笑顔、家族、妻(多分) 嫌い:仕事、ホルモンのシロ=噛みきれないので、妻(多分) 得意:笑顔、プログラミング、早食い、経営(多分)、妻(多分) 苦手:指相撲、妻(多分) 似ている芸能人:藤山寬美、キムタク(多分)