「笠盛」の履歴書 — その22 ソフトウエアエンジニア

 実際、ソフト付きで納品したコンピューターが正常に動かないと、私たちが出張して後始末に当たることになります。納品先の仕事時間が終わってからでないと点検できませんから、これも仕事は夜中になります。ちゃんと動くソフトにしてもらわなければ私たちが困るのです。

 そんな仕事を続けているうちに、家業への関心は薄らいでいました。

「刺繍屋? ま、オヤジたちがやってるから何とかなるさ。俺はこっちで生きていこう」

 と思い始めていました。

 ところが、

「戻ってきてくれ」

 と父に言われたのです。就職して2年半がたっていました。薄れていたものの、気持ちのどこかに

「家業は俺が継がねばならない」

 という責任感のようなものが残っていたのでしょう。私は素直に父に従いました。

 昭和48年(1973年)10月、私は桐生に戻りました。まさか、世界を揺るがす第一次石油危機が目前に迫っているとは、神ならぬ私が知るはずもありません。運命に導かれるように、私はとんでもない暴風雨の中に飛び込もうとしていたのです。

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笠原 康利
1948年3月18日生まれ 好き:仕事、ワイン、落語、漫才、みんなの笑顔、家族、妻(多分) 嫌い:仕事、ホルモンのシロ=噛みきれないので、妻(多分) 得意:笑顔、プログラミング、早食い、経営(多分)、妻(多分) 苦手:指相撲、妻(多分) 似ている芸能人:藤山寬美、キムタク(多分)