「笠盛」の履歴書 — その7 学究肌

 話を元に戻しましょう。

 2人を結びつけるきっかけはテツが寄せた思いだったのか、家業をもっと盛り上げようという嘉吉の計算だったのか、あるいはきっかけなどなく、若い2人がいつしか相思相愛の仲になっていて結ばれたのかは分かりませんが、いずれにしても関係者の人を選ぶ目は曇ってはいなかったようです。私が話に聞いた盛は大変に気配りが出来る人で、誰の家を訪ねても、必ず1つは何かを褒め、相手の気持ちをほぐして戻ってくる人だったといいます。

 また、それでいながら人の面倒見のよい親分肌でもあったようで、

「私が家業を受け継いだ時でしたよ。『よかったね。これで晴れて社長だ。記念にしてくれ』といってあなたのおじいさんに背広を作ってもらったことがありましてね」

 と桐生の古老に言われたこともあります。

これは、かつて桐生工業高校野球部で甲子園に出たことがある叔父が聞いたという話です。叔父はカネボウに勤めており、ある日、桐生の繊維業界の人たちが訪ねてきたそうです。地元では付き合いがなかった方々だったので自己紹介をすると、

「あなたが笠原盛さんの息子さんか。こんなところで会えるとは」

と驚かれ、こんな話を聞いたそうです。

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笠原 康利
1948年3月18日生まれ 好き:仕事、ワイン、落語、漫才、みんなの笑顔、家族、妻(多分) 嫌い:仕事、ホルモンのシロ=噛みきれないので、妻(多分) 得意:笑顔、プログラミング、早食い、経営(多分)、妻(多分) 苦手:指相撲、妻(多分) 似ている芸能人:藤山寬美、キムタク(多分)