インドネシアの人々も激しいインフレに直面しました。日本なら何とか切り詰めて生き延びることが出来る人が多いのでしょうが、インドネシアは経済の底が浅く、食うや食わずの生活に落ち込んだ人が多数出ました。そして、暴動が起きたのです。ショッピングセンターが襲われ、商品が奪われました。華僑系の経営者が襲われ、中には殺される人もいました。大混乱です。「笠盛」の工場を新しく造るどころの騒ぎではありません。世の騒ぎが治まるのをじっと待つしかありません。
イタバシニットと相談の上、工場を造るのは先延ばしにして技術指導を続けることにしました。
騒ぎというものはやがて治まるものです。2年もするとまずまず平穏な世が戻りました。そのころ、私にささやく人がいました。
「独立した方がいいですよ。技術指導料なんて雀の涙ほどのお金じゃないですか。自前の工場を持って刺繍の仕事を受けた方が利益ははるかに多くなります」
「笠盛」の経営は順調でした。そのため私の警戒心が緩んでいたのかも知れません。あるいは欲の皮を突っ張らせていたのかも知れません。その話を聞いて、私はその気になったのです。
「P.T.KASAMORI」を立ち上げたのは2001年6月でした。

1948年3月18日生まれ
好き:仕事、ワイン、落語、漫才、みんなの笑顔、家族、妻(多分)
嫌い:仕事、ホルモンのシロ=噛みきれないので、妻(多分)
得意:笑顔、プログラミング、早食い、経営(多分)、妻(多分)
苦手:指相撲、妻(多分)
似ている芸能人:藤山寬美、キムタク(多分)
















