笠盛人の日 第6回—プラス発想、の1

こんにちは、トリプル・オゥ事業部マネージャーの片倉洋一です。今回は「プラス発想」をテーマに採り上げました。

同じ物事でも、人によって受け取り方が違います。半分まで飲んだウイスキーのボトルを見て

「もう半分しか残っていない」

と嘆く人と、

「まだ半分残っている」

と喜ぶ人がいるとは有名な例えです。

ビジネスの世界では、まだ未開だったアフリカのある国を訪れた靴メーカーA社の営業マンが

「ここは駄目だ。誰も靴なんか履いていない!」

と早々と退散したのに、靴メーカーB社の営業マンは

「ここには無限の可能性がある。誰も靴を履いていない!」

と勇んで市場開拓を始めた、という話も皆さんはご存知でしょう。

このように、同じことでも人によって受け止め方が違うのなら、前向きに、靴の例えで言えばB社の営業マンを目指す方がいい。その方が持っている力をより発揮できるだろうし、社員としてだけではなく人としても進化していけはずだ。そもそも後ろ向きにとらえていたのではやる気が出ないだろう、と考えて幹部会で決めた勉強会のテーマでした。

私が

「このテーマは私がリーダーになりたい」

と手を上げたのは、個人的な体験があったためです。

私はいまでこそ、ご好評を頂いている「000」のデザインも担当していますが、大学では工学部経営工学科を選び、システムエンジニアリングやシステムデザインを学んでいました。ところが突然テキスタイルデザインに惹かれるようになり、卒業すると矢も楯もたまらずロンドンに旅立ってしまったのです。

とんでもない道を歩き始めた、と背筋が冷える思いをしたのは、ロンドンで専門大学に通い始めてすぐでした。何しろ、私はデザインの「デ」の字も学んだことがありません。しかし、周りにいる同級生は、これまでアートとしてのデザインを学び続けた上でここに来ているのです。彼らを正統派だとすると、デッサンすらできない私はまるで落ちこぼれ。さて、どうしたらよかろう? 一時は逃げ帰りたくなりました。

救ってくれたのは指導教官です。彼はデッサンすらできずに落ち込んでいる私に、

「デザインするのに決まった道はない。もっと自由なものだ」

と教えてくれたのです。

「君は、他の人達と同じ道を歩くことはない。自分らしいアプローチをすればいいんだ」

とも言ってくれました。

そうか、私らしいアプローチをすればいいのか。確かに私はデッサンもできないし、デザインなんて学んだこともない。しかし、工学部で数学を学んだし、いろいろなものの構造も分かる。周りの同級生たちは、そんなものは知らないはずだ。それを私の強みにすればいい。できないことを数え上げて落ち込むより、できることを数え、伸ばせば目標に到達できるはずだ。

そう思えるようになると、大学が楽しくなりました。

その後パリで働き、縁あって「笠盛」に入社して「000」の開発を委ねられたわけですが、刺繍で玉を創る「000」は複雑な立体構造なので数学、構造の知識がなければ絶対にデザインできません。他のデザイナーには多分備わっていない数学や構造の知識を私が持っていたからできたともいえます。

アートやデザインに関する知識はない。数学や構造は知っている。

これが私に関する客観的事実です。

当初私は、自分が持っていないものを数えて落ち込みました。目指したのがデザイナーですから、仕方がなかったとも思います。でも、そこから再生できたのは、持たぬものより持っているものを数えよう、と発想を転換したからです。いってみれば、半分入ったウイスキーのボトルを見て

「まだ半分ある」

と喜び、誰も靴を履いていない国に行って

「無限の可能性がある」

と勇んだ靴のセールスマンと同じになれました。そんなプラス発想を持てなかったら今の私はなかったでしょう。

石橋を叩いても渡らない慎重さも時には必要でしょう。しかし、そればかりでは会社も人も良くて現状維持、悪ければ衰退してしまいます。絶対に成長はしません。

「笠盛」をプラス思考が集まった会社にしたい。自分の体験から、私は切実にそう思っていたのです。

ABOUT US
笠原 康利
1948年3月18日生まれ 好き:仕事、ワイン、落語、漫才、みんなの笑顔、家族、妻(多分) 嫌い:仕事、ホルモンのシロ=噛みきれないので、妻(多分) 得意:笑顔、プログラミング、早食い、経営(多分)、妻(多分) 苦手:指相撲、妻(多分) 似ている芸能人:藤山寬美、キムタク(多分)