こんにちは、トリプル・オゥ事業部マネージャーの片倉洋一です。今回のテーマは「継続」です。当初のテーマには含まれていませんが、急遽取り上げることにしました。
「継続は力なり」とは多くの人が一度は目にした名言だと思いますが、さて、それが実行できているかとなると、胸を張って
「やってるぞ!」
といえる人はあまりいないのではないでしょうか。私たちの「笠盛」のみんなを見ると、アイデアが湧き出る人はたくさんいます。
「どう、こんなことをやったら素敵なものが作れるとは思いませんか?」
と声を揚げ、周りも
「いいね、それ」
と賛同するのですが、折角の斬新なアイデアも、盛り上がるだけで終わることがほとんどなのです。翌日になると、みんな昨日の盛り上がりは忘れてしまったかのように他のことをしています。「笠盛人の日第3回」で学んだ「PDCAを身につける」でいえば、「P」がゴロゴロ転がっているのが「笠盛」です。しかし、次の「D」でほとんど躓き、「C」や「A」にはほとんど進まない。実にもったいない体質がこびり付いてしまっています。
あの偉大な経営者、松下幸之助さんは
「成功とは成功するまでやり続けることで、失敗とは成功するまでやり続けないことだ」
という言葉を残してくれています。全くその通りで、どんな素晴らしいアイデアがあっても、成果が出るまで「継続」しなければ何も生み出せません。
個人的な話になりますが、私は小学生の頃、父にこっぴどく叱られたことがあります。2人で何をしていたのかという記憶はありませんが、私が
「あ、これは無理。できないよ」
と諦めようとしたときのことです。父は私の目を真っ直ぐ見ると、
「洋一は全ての可能性を試してみたのかな? 思いつくことのできる全てのやり方をすべて検証しない限り『できない』といって放り出してはならない」
と私を諭したのです。父は公務員でした。どんな体験からそんな考えを持つようになったのか知りませんが、その時の父の言葉がなぜか私に突き刺さって、いまでもその時の父の姿をありありと思い浮かべることができます。いま考えれば、表現は違いますが、父が言いたかったことは「継続」することの大切さだったのだと思います。
ご好評を頂いている「000(トリプル・オゥ)」の開発も、「継続」できたからこそ成果を生み出すことができたのだと思います。
開発の過程は「ワクワク・ドキドキ〜私のスマイル経営 第1部『000』」でお読みいただいたと思いますが、山場は糸でパールのネックレスを創る「スフィア」の開発でした。「000」の将来を考えれば、何としてでも刺繍で玉を創りたい。しかし、刺繍で玉はできないというのが常識で、
「できたらいいよね」
と思いながらも、開発を断念する理由が山ほどあったため、
「だけど、無理、無理」
で済ませていたのを、
「だけど、これができなかったら『000』に、私たちに未来はないぞ」
と一歩を踏み出したのでした。
でも、何度やっても、糸は玉になってくれません。やっと1個の玉ができても、ネックレスには100個前後の玉が必要です。このうち1個でもひしゃげたり、ほどけたりしたらネックレスにはなりません。
そういう意味では、やればやるほど、「断念」する理由が積み重なりました。でも、諦めようという気になったことは1度もありません。行き詰まると、とりあえず頭を切り替えるため、「スフィア」の開発を横に置いて、他の仕事に取り組みました。そうしているうちに、ふと
「あ、まだ試していない可能性があった!」
と閃くのです。何度も失敗を繰り返しながら、何とか「スフィア」を生み出せたのは2013年の5月末でした。
いま、私はこう考えています。
・走り出す前に考え抜く
・走り出した後で続けるかどうかを考えてはいけない
・やめる理由がなければやめてはいけない
私を含めた「スフィア」開発チームには、刺繍で玉を創らなければならない切実な理由がありました。開発を「継続」できたのはそのためだと思います。そして、走り出した後は、断念する理由がどれほど積み上がろうと、走るのをやめようとは思いませんでした。「継続」は力になるのです。
「継続」を、「笠盛」に定着させたい。今回の勉強会の狙いはこの1点でした。

1948年3月18日生まれ
好き:仕事、ワイン、落語、漫才、みんなの笑顔、家族、妻(多分)
嫌い:仕事、ホルモンのシロ=噛みきれないので、妻(多分)
得意:笑顔、プログラミング、早食い、経営(多分)、妻(多分)
苦手:指相撲、妻(多分)
似ている芸能人:藤山寬美、キムタク(多分)
















