200年企業へ —笠盛人の日第38回 笠盛ルーツから学ぶ、の5

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次は「『本気塾』風の経営」の小見出しがついた部分の中の10ページです。これも皆様の手間を省くため、まず該当部分をコピペします。まずお読みください。

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「会社とは、あなた1人で経営できるものではないのですよ」

ある日、先生(=感動経営コンサルタント、角田識之氏。臥龍先生と呼ばれる)の口から出た言葉です。しかし、私は社長だ。社長は会社の全権を持つ。だから従業員、その家族の暮らしに責任があるし、会社の帰趨についての全責任も負っているのではないか。
ホンの少しばかり、持ち前の反抗心がざわめいたような記憶もあります。しかし、臥龍先生のお話を聞くうちに、そんな反抗心はどこかに行ってしまいました。

確かに社長は全責任を負っているかも知れないが、社長1人で出来ることは微々たることです。社員が立派な製品を作ってくれなければいけませんし、それを持って営業に回る社員の働きも大切です。協力工場があなたの会社を信じていい仕事をしてくれなければ、仕入れ先がいい材料を時間通り届けてくれなければ、会社は回りません。受注先だって社長の顔を見て仕事をくれるのではありません。いい製品が、納期をきちっと守って納品されるから「笠盛」に仕事を出してくれるし、それが積み重なって「笠盛」のファンになり、単なる取引先以上の信頼を「笠盛」に持ってくれるのです。
あなたは、そのすべてを1人で出来ますか?

いわれてみれば全くその通りで、目から鱗が落ちる思いがしました。そうか、俺は全権を持ち、全責任を負っているつもりで肩に力が入りすぎていたか。そんな必要はなかったんだなあ。その頃から私の経営が変わり始めたのだと思います。会社を1人で背負うことを止め、みんなに少しずつ背負ってもらおうと思い決めたのです。

いま「笠盛」のホームページを開いていただくと、会社概要のページがあります。そこに記した信条、スローガン、理念はこの頃作ったものです。念のため、ここに再掲します。

  200年企業を目指す「笠盛の信条」

    1、社員の幸せを追求し人間性を高める

    2、お客様に喜ばれ感謝される

    3、地域から歓迎され、必要とされる

  200年企業を目指すための経営スローガン

    斬新な刺繍といえば笠盛

      ~日本や桐生の業格向上の北極星となる会社~

  経営理念

    現場におけるすべての判断基準であり行動指針

    この積み重ねが社風

    笠盛人らしい判断の基準であり行動の規範

    一人ひとりが業界No.1の志事を創る

      ~常に一歩一歩高みにチャレンジ~

文章を書くだけでは改革は始まりません。私は、社員のみなさんに「笠盛」の「少し」を背負ってもらうことに向けた実践を始めました。
社員に集まってもらって、「笠盛」の経営実態を理解していただくセミナーを開き始めました。もちろん、売り上げから始まる経営数字はすべて公開します。経営の実態を正確に知ってもらわなければ、経営を担ってもらうことは出来ません。
私を含めた社員全員が、自己開示する集まりも始めました。開示するのは何でもいいのです。仕事で困っていること、最近身につけた技術、営業先とのトラブル、トラブルをどうやって乗り越えたか。いや、もっと私事になってもいいのです。やっと出来た彼女の話、子育てで困っていること……。
社員全員が社員全員のことを知る。そこから生まれるお互いへの信頼が大切なのです。

誕生日を全員で祝うようにしました。「笠盛」を、家族同様のファミリーにしようというのです。家族のために一所懸命にならない人はいません。お父さんはお父さん、お母さんはお母さん、子供は子供で、自分の家族のために努力をします。「笠盛」の全員がファミリーになれたら、みんながそれぞれ、「笠盛」のために一所懸命になってくれるはずです。

そして、みんなの能力を最大限に引き出したいと思いました。能力を引き出すカギ、それは褒めることです。豚だって褒められれば木に登るといいます。人間の能力は豚に比べれば数百倍、数千倍です。それを褒めてもらえれば、誰だって月にまでジャンプできるほどの能力を発揮してくれるはずです。
「サンクス・カード」をつくりました。何かをしてもらって嬉しい、ありがたいと感じたとき、このカードに記入してもらいます。そして4半期毎に、一番多く感謝をされた人、カードを出した枚数が1番多い人を表彰します。
感謝された回数が一番多い人を表彰するのは当然ですが、一番多くのカードを書いた人を表彰するのは、人の温かさを受け止めるセンサーが一番優れている人、という意味です。こんな敏感なセンサーを持っている人は、必ず職場を明るくします。

「笠盛」の表彰制度はもっとあります。「ベスト挨拶賞」、「ベスト笑顔で賞」。どちらも四半期毎に全員の投票で決めます。元気のいい挨拶、明るい笑顔が飛び交う職場は理想の職場です。そんな職場で毎日働いていれば誇りが持てます。そして、もっと誇れる職場にしようという自覚が生まれます。

もちろん、こんなことを始めた当初は、社員のみなさんは戸惑ったに違いありません。

「また社長が、何だかおかしなことを始めたな」

といぶかった方もいたでしょう。しかし、2年、3年と続けているうちに、「笠盛」は変わりました。みんなが変わりました。
いかがでしょう。「笠盛」の暖簾をくぐったとき、

「あ、なんか違った風が吹いているような気がする会社だな」

とお感じになった方はいらっしゃらないでしょうか?

社長を辞める時期が間もなく来る、というのは古希を目前にした数年前から私の思いの中にうっすらとありました。実は、それもあって権限の分散を考え始めたともいえます。私の次に社長になる人に、私のような辛い思いをして欲しくない、と思ったのです。権限を自分一人に集めてしまうと、「笠盛」程度の会社でも、社長の背中にはとてつもない重しが乗っかるものなのです。
私がそんな社長だったとき、私の救いは臥龍先生の門下生の集まりでした。現役の社長であることを除けば、業種も年代も全くバラバラの集団です。
そんな集まりはどこにでもあります。商工会議所もロータリークラブも似たような集まりではあります。しかし、臥龍先生の門下生の集まりには、1つだけ違ったところがあります。同義反復のようですが、みんなが臥龍先生の教えを受けていることです。

「笠盛」にも取り入れた臥龍先生の教えの1つが、自己開示でした。悩みなんて自分1人で持つな。悩みを口にすれば気は軽くなる。ひょっとしたら素晴らしいアドバイスももらえるかも知れない。遠慮せず、悩みを話しなさい。

と書けば簡単なことに思えますが、普通の社会ではなかなか出来ないことです。悩みを口にしたりすればウジウジしたヤツだと思われないか? バカにされるのではないか? さらした弱みに、あとでつけ込まれることになりはしないか?
人は様々であり、だから様々な思いが湧いてきてなかなか悩みを口に出すことは出来ません。

しかし、臥龍門下生は気心の知れた仲間です。私だけでなく、すべての参加者が悩みを話しました。私もその一員です。出てきた悩みは全員で考えます。かつて似たような悩みを持った経験がある人は、どうやって解決したかをアドバイスします。悩んでいる当事者にとってはとても良いヒントになるでしょう。横で聞いているだけでも

「なるほどね」

と膝を叩きたくなることも多々あります。私も悩みを話しましたし、自分の経験談を披露したこともあります。
救われました。助かりました。3人寄れば文殊の知恵、です。そこで出てきた話を「笠盛」経営のヒントにしたことはたくさんあります。「笠盛」の改革案にも、そのヒントをたくさん活かしました。

私の社長退任時期を見つめながらの改革は、着実に進んでいます。
いま、採用はすべて桜井君に任せています。私は一切口を出しません。桜井君がいいと思えば採用し、これはと思えば採用しません。
「000」は片倉君に任せっきりです。デザインや刺繍技術については全くの門外漢である私が出す口は、邪魔にこそなれ、役にたつはずがありません。「000」が「笠盛」の屋台骨の一本に育ったのは、すべてを社長権限から外したからです。
OEM製品の受注についても、私は口を出さなくなりました。どの分野の営業を強めろとか、今期はこの分野に営業努力を傾注する、などということは一切申しません。結果の報告を受けるだけです。

かつては、すべてが私の権限のもとにありました。採用も「000」もOEM製品の受注も、最終的には私が決めるしかありませんでした。いまは権限を手放した分だけ、私は楽です。私が楽になった分、他の人が「笠盛」の屋台をしょってくれています。

しかし、私が楽になっただけではありません。権限を受け取ってくれたみんなは、それぞれの分野で私以上結果を出してくれています。考えてみれば当たり前のことで、私が全権限を持っていたときは、採用は私の仕事のホンの一部でしかありませんでした。採用も大事だが、「OOO」も大事だし、OEM製品の営業も何とかしなければならない。それ以外にも金融機関との折衝、経理、広告戦略、経営計画……。身体がいくらあっても足りないほどの責任を抱え込んでいました。20人分、30人分の能力を持っているなら別として、私にはとてもこなせる量ではなかったのです。それを分解してみんなに一部分ずつ受け取ってもらう。人の能力は似たようなものですから、私が30分の1の力しか割けなかった仕事を1人でやってもらえれば、前よりうまく行くのは当たり前なのだと私は思います。
それぞれの人の能力を充分に引き出し、適材適所で権限を受け持っていただき、全員で「笠盛」を盛りたてていく。
私は臥龍先生に、そんなことを教えていただきました。

ここで筆を置こうとして、ふと

「ひょっとして私は、やっぱり運に恵まれた社長なのかな?」

と思い始めました。数多くの壁にぶつかり、倒産ということを思い浮かべるようになると、不思議なことにいつも救世主が現れる。さて私は、不運な社長なのか、それとも幸運な社長なのか。そのご判断は、お読みいただいた方々に委ねたいと思います。

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かなり長くなりましたが、以上がみんなに読んでもらった文章です。次回は、みんながこの文章から何を受け取ったかをご報告します。

ABOUT US
笠原 康利
1948年3月18日生まれ 好き:仕事、ワイン、落語、漫才、みんなの笑顔、家族、妻(多分) 嫌い:仕事、ホルモンのシロ=噛みきれないので、妻(多分) 得意:笑顔、プログラミング、早食い、経営(多分)、妻(多分) 苦手:指相撲、妻(多分) 似ている芸能人:藤山寬美、キムタク(多分)