その19 DNA

 この年の「モーダモン」に持ち込んだのは、紐状のものがほとんどでした。ケミカル刺繍で、音符やサークルがつながった紐のような形に仕上げたのです。まだまだ工夫の余地はたくさんありました。ところが、この初期タイプが

「面白い!」

「こんな刺繍は初めて見た!」

 と評判を呼んだのですから、私たちの八方破れの行動は、案外いいところを突いていたのでしょう。「モーダモン」会場内のあちこちで話題になったようで、思った以上にたくさんのバイヤーたちが見に来てくれました。

 さすがに取引にまで進んだものはほとんどなかったものの、

「私たちは、世の中が待ち受けているものを創りつつあるんだ」

 と大いに確信を深めたのです。

 こうなると、開発は勢づきます。「モーダモン」が終わって日本に戻った片倉君は次々に新しいデザインを起こし、みんなで作り方の工夫を重ねて「KASAMORI LACE」のデザインを増やしました。翌年、翌々年の「モーダモン」に、新しく造った製品を持ち込んだのはいうまでもありません。

 2009年は紐だけでしたが、翌年からはネックレス、ピアス、ブローチ、ボタン、ジャケット、と商品を年々増やしました。まとめて買ってくれるバイヤーが国内、海外ともに現れ始め、「KASAMORI LACE」の売上額は会社全体の一割程度にまで達しました。

 やがてプラダ、ゴルチェという、ファッションの世界で誰もが超一流と認めるブランドのデザイナーやバイヤーたちまでが私たちのブースで足を止め、手にとって熱心に「KASAMORI LACE」に見入ってくれるようになりました。

 パリの著名なファッションブランド、メゾン・マルジェラからは

「これで服を作ってくれ」

 との注文を受けました。これ、とは、私たちの「DNA」という商品です。DNA(デオキシリボ核酸)の2重らせんをイメージして造形したネックレスです。デザインの面白さが彼らの目を引いたようでした。

 私たちは欲張りです。年々「KASAMORI LACE」の評価が高まっても、私たちは満足出来ませんでした。不満を持ち続けていました。

 といっても、

「もっと売れるはずだ」

 という不満ではありません。ほとんどのバイヤーの購入目的が、服の装飾品、パーツとして使うことにしかないという不満です。服が主で、私たちの「KASAMORI LACE」が従という関係が変わらないという不満です。

 私たちが目指したのは、服と同格で、服とハーモニーを奏でるアクセサリーではなかったか? だが、まだそういう目で評価してくれるバイヤーがいない。

 それが不満の正体でした。「KASAMORI LACE」の評価も売り上げも右肩上がりでしたが、私たちはまだ、自分たちが設けたゴールへの道の半ばまでしか到達していないことが不満だったのです。

写真は、この年出品した「DNA」

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ABOUT US
笠原 康利
1948年3月18日生まれ 好き:仕事、ワイン、落語、漫才、みんなの笑顔、家族、妻(多分) 嫌い:仕事、ホルモンのシロ=噛みきれないので、妻(多分) 得意:笑顔、プログラミング、早食い、経営(多分)、妻(多分) 苦手:指相撲、妻(多分) 似ている芸能人:藤山寬美、キムタク(多分)