「珠」ができないかなあ、という話が社内で出てきたちょうどその頃、2010年に私たちは、思い切って「000」ブランドを立ち上げました。まだ刺繍のアクセサリーは開発途上にあり、売り上げもそこそこでしかなかったのに、何としてでも自社ブランドが欲しい、という意欲だけが先走ってしまったのです。これも、いかにも「笠盛」らしい前のめりの経営の一つといえるかも知れません。
「笠盛」のブランドを持つ。「笠盛」のブランドがついた商品をたくさんの店頭に並べる。私たちのような中小企業で仕事をした経験をお持ちでない方には、
「何でそんなに、自社ブランドに執着するの?」
と奇異な感じを持たれるかも知れません。しかし、自社ブランドは、「笠盛」の経営陣以下全社員の、長年にわたる願いだったのです。
前にも書きましたが、刺繍業とは、おおむね下請け仕事です。取引先から仕事の発注をいただかなければ私たちの仕事は始まりません。注文をいただくと、私たちのところには縫製まで終わったジャケット、縫製前の生地などが、それこそドサッと届きます。私たちの仕事の始まりです。
取引先あっての仕事ですから、工賃は商談で決まります。値付けは私たちの自由にはできないのです。それも、同じような仕事をする競合他社はたくさんあって、いつも競争にさらされています。工賃はどうしても下がり気味にならざるを得ません。
「これは『笠盛』さんにしかできないから」
と私どもの技術力を買ってくださり、工賃も満足出来る水準を示していただけるお客様も中にはありますが、多くはどこの刺繍業者でもできる仕事です。勢い、価格競争で利益幅は極めて小さくなります。
それに、仕事があるかどうかは発注企業任せとならざるを得ません。景気が悪くなれば、その波を一番早く受けるのは下請け企業になってしまうのも、私たちが受け止めざるを得ない現実です。
だから、「笠盛」の経営を安定させるために、私たちが作ったものをそのまま消費者に使っていただける魅力的な最終製品が持ちたいのです。売れ行きは自分で把握出来ますから、生産計画は自分たちでたてられて、不況の波を真っ先にかぶることはなくなります。下請け仕事ではないので適正と思える利益を自分で決めることができて利益率が上がり、従業員の賃金も上げることができます。
「笠盛」がブランド商品を持つ。それは長年の夢でした。しかし夢を持つのは誰でもできます。ほんのちっぽけな夢であっても、夢を実現する力を持たない限り、夢は夢のままで終わります。夢は持っていましたが、それまでの「笠盛」には力がありませんでした。私たちは長年、見果てぬ夢を見続けていたわけです。

1948年3月18日生まれ
好き:仕事、ワイン、落語、漫才、みんなの笑顔、家族、妻(多分)
嫌い:仕事、ホルモンのシロ=噛みきれないので、妻(多分)
得意:笑顔、プログラミング、早食い、経営(多分)、妻(多分)
苦手:指相撲、妻(多分)
似ている芸能人:藤山寬美、キムタク(多分)

















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