その27 社運を賭ける

 レーザーカットの技術もあるとはいえ、考えてみれば「笠盛」の本業は刺繍業です。製作集団としての強みは、デザイン力も製作技術も、まず刺繍にあります。パリの「モーダモン」で高い評価を受けたのも刺繍、「KASAMORI LACE」なのです。自分の会社の強いところをさらに強くするのは経営のイロハです。私たちは原点に戻ったのです。

 少しずつとはいえ、刺繍のアクセサリーは販売が伸びています。商品としての質をもっと高めれば、需要を伸ばす余地は大いにある。私たちはクッションを「000」から外し、刺繍のアクセサリー1本で行くことを決めました。本道に戻って「KASAMORI LACE」に「笠盛」の明日を託したのです。

 と決めてはみたものの、刺繍のアクセサリーだけで「000」を支えることには不安もありました。年々伸びているとはいえ、販売額は「笠盛」の屋台骨を支える柱にできるところにはとうてい届いていなかったからです。

 パリの「モーダモン」に挑戦する中で、これまでも持てる力は充分以上に注ぎ込んできたはずです。それでもまだ柱にはならない売上額にしかならないのです。「000」のアクセサリーが「笠盛」を支える大黒柱に育つには大きな飛躍がなければなりません。決め手が必要なのです。どんな手を打ったらいいのだろうか……。

「やっぱり、珠、造ってみようか?」

 言い出したのは片倉君でした。2、3年前、一度社内で話題にした、ミシン刺繍で造る「珠」、です。

 あのときは

「そんなこと、無理、無理」

 でお蔵入りになったアイデアだったことはすでに触れました。それを再び持ち出したのです。「無理」を、「できる」に変えてみようじゃないか。

「切羽詰まっていたんですよ。『000』は刺繍のアクセサリー一本で行くことにした。となると、決定的なものを創らなくては話になりません。フッと思ったんです。みんなが口を揃えて『無理』っていう刺繍の珠を創ることができたら、きっと話題になるだろう、決定的な一打になるだろうって。でも、本当にできるのか? 自分で言い出し、一緒にやってみようよって呼びかけながら、正直、半信半疑でした。こんなのを、破れかぶれ、っていうんでしょうね」

 いま片倉君はそういいます。

 この時は、

「無理、無理」

 と揶揄するような社員はいませんでした。何度も議論を重ねる中で、「無理」に挑まなければ「笠盛」の未来は切り開けないと全員が決意してくれたのでしょう。 私たちの「常識」への挑戦が始まりました。

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笠原 康利
1948年3月18日生まれ 好き:仕事、ワイン、落語、漫才、みんなの笑顔、家族、妻(多分) 嫌い:仕事、ホルモンのシロ=噛みきれないので、妻(多分) 得意:笑顔、プログラミング、早食い、経営(多分)、妻(多分) 苦手:指相撲、妻(多分) 似ている芸能人:藤山寬美、キムタク(多分)