父が私を呼び戻すのがあと2、3ヶ月遅かったら、父は家業に見切りをつけていたかも知れません。そうなれば私はソフトウエアのエンジニアとしてサラリーマンを続け、自宅は多分、横浜市戸塚区かその近く。好きなことをやっていま頃は定年退職して悠々自適の暮らしをしていたはずです。事業をたたんだ「笠盛」からは「000」は世に出ているはずもありません。
時折、どちらが良かったのか、と考えることがあります。
「サラリーマンは気楽な稼業と来たもんだ」
という歌もありますから、あのまま日立に残っていたらもっと気楽な人生を送ることが出来たはずです。小さな会社を経営する苦労なんて知りもしなかったでしょう。
でも、「笠盛」の経営はつらいことばかりというわけでもありません。製品の開発、事業資金の手当て、危機管理、従業員の暮らしを支える責任。気苦労は絶えませんが、社員と力を合わせて会社を動かしていく楽しみ、新しいものを創り出してお客様からいただく評価、思惑がピタッと当たったときの快感。サラリーマンでは味わえない喜びも数多いのです。
どちらの人生が良かったか。
うーん、ひょっとしたらサラリーマンの方がやっぱり良かったかなあ……。
ついつい感傷に浸ってしまいました。話を元に戻しましょう。

1948年3月18日生まれ
好き:仕事、ワイン、落語、漫才、みんなの笑顔、家族、妻(多分)
嫌い:仕事、ホルモンのシロ=噛みきれないので、妻(多分)
得意:笑顔、プログラミング、早食い、経営(多分)、妻(多分)
苦手:指相撲、妻(多分)
似ている芸能人:藤山寬美、キムタク(多分)
















