「笠盛」の履歴書 —その2 明治10年

「笠盛」が事業を始めたのは明治10年(1877年)のことです。260年続いた江戸幕府が、15代将軍徳川慶喜の大政奉還で終わりを迎え、代わった明治維新政府が富国強兵、殖産興業の2大目標を掲げて近代国家への脱皮を目指しはじめてちょうど10年。「笠盛」が誕生したのはどんな年だったのでしょうか。

 年表を開くとこの年4月、東京大学が設立されています。東大はその後東京帝国大学と名前を変え、戦後東京大学に戻りました。5月には日本赤十字社(当時は博愛社、といいました)が出来ました。

 アメリカの動物学者で東京大学の教授も務めたエドワード・モース博士が大森貝塚を見つけたのは6月です。8月には第1回内国勧業博覧会が東京・上野公園で幕を開け、12月にはアメリカでワシントン・ポストが創刊されています。また発明王トーマス・エジソンが蓄音機を完成させ、人の声を録音しました。最初の録音は「メリーさんのひつじ(Mary had a little lamb)」だったことは有名です。

 内外ともに明るい話が多いようにも見えますが、国内では忘れられない出来事が起きています。西南戦争です。

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笠原 康利
1948年3月18日生まれ 好き:仕事、ワイン、落語、漫才、みんなの笑顔、家族、妻(多分) 嫌い:仕事、ホルモンのシロ=噛みきれないので、妻(多分) 得意:笑顔、プログラミング、早食い、経営(多分)、妻(多分) 苦手:指相撲、妻(多分) 似ている芸能人:藤山寬美、キムタク(多分)