私の社長退任時期を見つめながらの改革は、着実に進んでいます。
いま、採用はすべて桜井君に任せています。私は一切口を出しません。桜井君がいいと思えば採用し、これはと思えば採用しません。
「OOO」は片倉君に任せっきりです。デザインや刺繍技術については全くの門外漢である私が出す口は、邪魔にこそなれ、役にたつはずがありません。「000」が「笠盛」の屋台骨の一本に育ったのは、すべてを社長権限から外したからです。
OEM製品の受注についても、私は口を出さなくなりました。どの分野の営業を強めろとか、今期はこの分野に営業努力を傾注する、などということは一切申しません。結果の報告を受けるだけです。
かつては、すべてが私の権限のもとにありました。採用も「000」もOEM製品の受注も、最終的には私が決めるしかありませんでした。いまは権限を手放した分だけ、私は楽です。私が楽になった分、他の人が「笠盛」の屋台をしょってくれています。
しかし、私が楽になっただけではありません。権限を受け取ってくれたみんなは、それぞれの分野で私以上結果を出してくれています。考えてみれば当たり前のことで、私が全権限を持っていたときは、採用は私の仕事のホンの一部でしかありませんでした。採用も大事だが、「OOO」も大事だし、OEM製品の営業も何とかしなければならない。それ以外にも金融機関との折衝、経理、広告戦略、経営計画……。身体がいくらあっても足りないほどの責任を抱え込んでいました。20人分、30人分の能力を持っているなら別として、私にはとてもこなせる量ではなかったのです。それを分解してみんなに一部分ずつ受け取ってもらう。人の能力は似たようなものですから、私が30分の1の力しか割けなかった仕事を1人でやってもらえれば、前よりうまく行くのは当たり前なのだと私は思います。
それぞれの人の能力を充分に引き出し、適材適所で権限を受け持っていただき、全員で「笠盛」を盛りたてていく。
私は臥龍先生に、そんなことを教えていただきました。
ここで筆を置こうとして、ふと
「ひょっとして私は、やっぱり運に恵まれた社長なのかな?」
と思い始めました。数多くの壁にぶつかり、倒産ということを思い浮かべるようになると、不思議なことにいつも救世主が現れる。 さて私は、不運な社長なのか、それとも幸運な社長なのか。そのご判断は、お読みいただいた方々に委ねたいと思います。

1948年3月18日生まれ
好き:仕事、ワイン、落語、漫才、みんなの笑顔、家族、妻(多分)
嫌い:仕事、ホルモンのシロ=噛みきれないので、妻(多分)
得意:笑顔、プログラミング、早食い、経営(多分)、妻(多分)
苦手:指相撲、妻(多分)
似ている芸能人:藤山寬美、キムタク(多分)















