本に間に合わなかったこと その4
ところが、どうしてもたどれなかったのです。笠原吉郎は明治11年に没し、その血筋は才四郎(大正10年没)、吉太郎(昭和29年没)と引き継がれます。ところが、私の「笠原」家とのつながりが見えてこないのです。 すでに「笠盛の履...
追記ところが、どうしてもたどれなかったのです。笠原吉郎は明治11年に没し、その血筋は才四郎(大正10年没)、吉太郎(昭和29年没)と引き継がれます。ところが、私の「笠原」家とのつながりが見えてこないのです。 すでに「笠盛の履...
追記第2点は笠原の家系についてです。 我が家、笠原家については、本を書く際にかなり調べました。その結果、「笠盛」の創業者、嘉吉までは家系を辿ることが出来ました。ところが、それ以前に遡ろうとするとめぼしい資料が見付かりません。...
追記考えて見れば、明治10年にしろ13年にしろ、明治維新という激動期からそれ程時間がたっていません。本にも書いたように、明治10年には西南戦争が起きており、まだ混乱は続いていたと思われます。 それに、日本は明治維新を機に近代...
追記私が社長を退いたのを機に、私自身の半生記でもある「ワクワク・ドキドキ〜私のスマイル経営」を自費出版したのが2019年9月のことでした。 「笠盛に関心を持つ人など、数えるほどしかいないはず」 と限定500部刷ったのですが、...
第2部 「笠盛」の履歴書笠盛の歴史を一言で表すと 「おかげさまで」 という言葉になります。笠盛は色々な人達に助けて貰いながら歴史を作ってきました。 小学校入学時、一年遅らせて入学させたいと母が先生に相談したほど引っ込み思案の私でした。それ...
第2部 「笠盛」の履歴書社長を辞める時期が間もなく来る、というのは古希を目前にした数年前から私の思いの中にうっすらとありました。実は、それもあって権限の分散を考え始めたともいえます。私の次に社長になる人に、私のような辛い思いをして欲しくない、...
第2部 「笠盛」の履歴書いま「笠盛」のホームページ(http://www.kasamori.co.jp/company/)を開いていただくと、会社概要のページがあります。そこに記した信条、スローガン、理念はこの頃作ったものです。念のため、ここ...
第2部 「笠盛」の履歴書「第2期関東・臥龍本気塾」は同じ年の12月に開かれる予定でした。ということは、事業計画の1番目、年内に東京で個展を開く、という目標は「第2期の初日」が開かれるまでに実行しておかねばなりません。 当時、刺繍屋が1軒だけで...
第2部 「笠盛」の履歴書メルマガを読み、先生のホームページを見ていて、臥龍先生が大阪で「関西・臥龍本気塾」というのを開いていらっしゃることを知りました。臥龍先生は、 「人生は根拠のない確信で始め、走りながら自信に変える道のり。壁に当たったとき...
第2部 「笠盛」の履歴書ここで臥龍先生こと、角田識之先生のことを書いておきたいと思います。「はじめに」でも少し触れましたが、どん底に落ちた私が藁をもすがる思いで門下生に加えていただき、そのご指導、経営哲学に大きく感化された先生です。いまの「笠...