「笠盛」に割り当てられたブースは三方が壁で、小さなテーブルが1つと椅子が2脚用意されていました。陳列棚などは置かれていません。となると、「KASAMORI LACE」を飾り付けるのは壁しかありません。どのように飾れば見栄えがよくなるのか。バイヤーたちの関心を惹きつけることができるのか。飾っては取り外し、飾っては取り外すという作業を何度繰り返したことでしょう。
作業が一段落したとき、フッと思い出したことがありました。
「そうえば、まだ価格を決めてなかったな」
日本ではギリギリまで展示品を作るのに追われ、価格を検討するところまで頭が回らなかったことに気がついたのです。「モーダモン」は商談の場なのです。価格が決まっていない商品の商談はできるはずがありません。飾り付けを終えてやっと張り詰めていた気分が緩み、そんな当たり前のことに頭が追いついたのでしょう。泥棒を捕らえて縄を綯(な)う、とはこんなことを言うのかもしれません。
パリでの展示会ですから、価格表の表示は当然ユーロです。
「これ、いくらにする?」
「日本では○○円で卸しているんだったよね」
「えーっと、一ユーロっていま何円してるんだっけ?」
「電卓、電卓! 電卓がなくちゃ計算出来ないよ!!」
てんやわんやは「笠盛」とは切っても切れない縁があるようです。私たちは「笠盛」流をパリにまで持ち込んでしまいました。何度も電卓を叩き、1つ1つ価格表に書き込んでやっと準備作業を終えました。ホッとして会場を出ると、花の都パリにはもう夕闇が迫っていました。
私たちの世界への挑戦。最初の舞台は何とか整ったようです。
「頼むぜ。明日からの5日間、3人では手が回らないほど忙しくなってくれ!」
祈るような気持ちをそれぞれに持ちながらホテルに戻った私たちは、その足でネオンが灯り始めた華やかなパリの街に繰り出しました。適当なレストランを探し当てると、3人でビールのカクテル(この時になっても、パリ=ワイン、という「公式」は私たちの知識には存在しませんでした)を何杯もあおり、
「よっしゃ、明日からがっちり頑張るぞ!」
の思いを3人で分け合いながら気勢を上げました。
そういえば、レストランのほかのお客さんたちに、あの時の私たちの姿はどう映っていたのでしょう? 黄色い顔をした端迷惑な酔っぱらい?
しかし、妙にハイテンションになった私たちには、そんなことを思いやることなんてできるはずがありませんでした。

1948年3月18日生まれ
好き:仕事、ワイン、落語、漫才、みんなの笑顔、家族、妻(多分)
嫌い:仕事、ホルモンのシロ=噛みきれないので、妻(多分)
得意:笑顔、プログラミング、早食い、経営(多分)、妻(多分)
苦手:指相撲、妻(多分)
似ている芸能人:藤山寬美、キムタク(多分)

















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