「笠盛」の履歴書 — その6 柳田家

 没落して家産をなくした柳田家が頼ったのが、昵懇の間柄だった笠原嘉吉でした。一家を挙げて桐生に移り住み、当初は藤吉宅の離れに住み着いたのです。しばらくすると、いまの桐生市天神町に家を建てて柳田家は嘉吉宅を離れますが、同じ敷地内でしばらくでも過ごしたことで結びつきはますます強くなっていました。

 盛は柳田家の5男です。その盛がテツと結婚したいきさつもはっきりしません。盛の晩年の写真が残っていますが、なかなか整った顔立ちです。若い頃は美男子だったという話も残っています。柳田一族が笠盛家の敷地の一角に越してきたころは盛もテツも青春のまっただ中です。盛を見たテツがポーッとなって恋心を抱いたのかも知れません。あるいは、盛は東京の中学を出た学究肌で、天神町に引っ越したあとはいまの桐生市立南小学校の代用教員をしていたほど学識があったといいますので、娘しかいなかった嘉吉が盛の非凡な才能に惚れ込んで自分の跡継ぎにしようと2人を結びつけたのかも知れません。

 話は少し外れますが、柳田家は頭脳明晰な一族だったようで、東京帝国大学卒という人や第一高等学校の銀時計組(成績優秀者)という人がたくさんいました。盛も一族の1人ですから頭は人並み優れていたのでしょう。私にもその血は流れているはずですが、遺憾なことに、頭脳明晰という資質だけは母のお腹のどこかに置き忘れて生まれてしまったようで……。

  写真:笠原家2代目の盛

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笠原 康利
1948年3月18日生まれ 好き:仕事、ワイン、落語、漫才、みんなの笑顔、家族、妻(多分) 嫌い:仕事、ホルモンのシロ=噛みきれないので、妻(多分) 得意:笑顔、プログラミング、早食い、経営(多分)、妻(多分) 苦手:指相撲、妻(多分) 似ている芸能人:藤山寬美、キムタク(多分)