しかし、買継を通さなくても出荷できるのか。買継から帯を仕入れて小売りに卸す二次問屋を勝は訪ね歩きました。事情を話し、買継を介さずに直接取引したいと頼むと、
「笠盛さんなら信用できる。それで行きましょう。応援するよ」
と、ほとんどの二次問屋が応じてくれたそうです。つまり、目先の不具合を修正するつもりで手がけたことが、実は時代を先取りする「流通の合理化」「流通革命」になっていたわけです。
「笠盛組」は共同で企画した帯を全部の会社で織って出荷しました。参加企業はどこも喜び、社員旅行も一緒にやるようになりました。私も学校を休んでついていったこともあります。
みんなの楽しみは、各社対抗の隠し芸合戦で、「笠盛織物」でも、旅行が近づくと社員の皆さんが昼休みや、暇な時は仕事をする時間にも、隠し芸の練習をしていました。
そうそう、確か北陸地方に旅行に行った時、向こうの地元紙に
「桐生の有力機屋来る」
という記事が載り、みんなでビックリしたり喜んだりしたことがありました。笠原家の関係企業ではない企業が入るようになって、「笠盛組」は「福寿会」と改名していましたが、昭和60年前後に経営が行き詰まって解散しました。でも、全盛期には大きな役割を果たしたのです。

1948年3月18日生まれ
好き:仕事、ワイン、落語、漫才、みんなの笑顔、家族、妻(多分)
嫌い:仕事、ホルモンのシロ=噛みきれないので、妻(多分)
得意:笑顔、プログラミング、早食い、経営(多分)、妻(多分)
苦手:指相撲、妻(多分)
似ている芸能人:藤山寬美、キムタク(多分)
















