「笠盛」の履歴書 — その16 今度こそ

 とはいえ、当時の我が家はリバーシブルの帯、笠盛献上の生産に追われ、立ち上げたばかりの「笠盛組」の運営にも力を注がねばなりませんでした。勢い、家族全員が「笠盛織物」の労働力で、母も父や従業員と一緒に朝から夜まで働いていましたので、父母は子守を雇い入れ、私を任せていたそうです。

 それでも、何故か私には母の背に負ぶわれた記憶がはっきり焼き付いています。母の背にいると、母の髪が私の顔にかかります。それをうるさく思って手で払っていた、という想い出が1つ。

 もう1つは多分夜だったのでしょう。母の背から空を見上げた私は

「ああ、お月様が僕について来る!」

 と不思議に思ったのです。

 まさか1歳や2歳の記憶がいまに残っているとは思えません。だから少なくとも3歳、いや4歳にはなっていたと思います。かなり重くなっていたはずの私を負ぶって夜道を歩いた母は、どこかに商用に行ったのでしょうか。それともぐずる私を外に連れ出して寝かしつけようとしたのでしょうか。

いずれにしても、子守に任せっきりではなく、忙しく働く中で時間を盗むようにして私を負ぶってくれた母もすでに亡くなりました。時折、そんな母を懐かしく思い出します。

  写真:母・笠原房子

 

ABOUT US
笠原 康利
1948年3月18日生まれ 好き:仕事、ワイン、落語、漫才、みんなの笑顔、家族、妻(多分) 嫌い:仕事、ホルモンのシロ=噛みきれないので、妻(多分) 得意:笑顔、プログラミング、早食い、経営(多分)、妻(多分) 苦手:指相撲、妻(多分) 似ている芸能人:藤山寬美、キムタク(多分)