「笠盛」の履歴書 — その4 創業
私は、数えて4代目の社長です。明治10年、帯専業の機屋としてこの会社を興した笠原嘉吉(かさはら・かきち・1856―1918)は私の曾祖父、ひいおじいさんにあたります。 笠原家は、江戸時代から織都桐生で糸を商う商家でし...
第2部 「笠盛」の履歴書私は、数えて4代目の社長です。明治10年、帯専業の機屋としてこの会社を興した笠原嘉吉(かさはら・かきち・1856―1918)は私の曾祖父、ひいおじいさんにあたります。 笠原家は、江戸時代から織都桐生で糸を商う商家でし...
第2部 「笠盛」の履歴書当時の桐生を知っていただくためには、時代を少し遡る必要があります。 この年から10数年前、幕末の桐生には騒然とした空気がありました。絹織物で繁栄を続けてきた桐生が、その原料である絹糸の不足に見舞われたのです。 突然...
第2部 「笠盛」の履歴書「笠盛」が事業を始めたのは明治10年(1877年)のことです。260年続いた江戸幕府が、15代将軍徳川慶喜の大政奉還で終わりを迎え、代わった明治維新政府が富国強兵、殖産興業の2大目標を掲げて近代国家への脱皮を目指しはじめ...
第2部 「笠盛」の履歴書第一部では、いまの「笠盛」を支える中核事業であり、これからの「笠盛」を牽引してくれるに違いない「OOO」に焦点を合わせて会社の歴史を振り返りました。この第二部では、創業時から今日までを辿ってみたいと思います。明日を語る...
はじめにこんにちは。笠原康利です。 私は2019年9月、笠原家の4代目として35年間勤めた「笠盛」の社長職を退いて会長になったのを機に、「ワクワク・ドキドキ〜私のスマイル経営」という本を出版しました。「笠盛」の戦略商品である「O...
はじめに私は落語が好きです。ともすれば単なる笑い話と見なされがちですが、とんでもない。高座に登ったたった1人の落語家が様々な登場人物を演じ分け、時には客の大笑いを引き出し、また時には聴衆に涙させる。こんな演芸、お前たちは持って...
はじめにいや、私だけの力で「笠盛」を守りぬけたとは思いません。 私が「笠盛」の4代目ですから、最初は自分が必死にやって業績を回復させようと力んでいました。しかし、いま目の前にある大きな危機は、決して1人では乗り越えられないこ...
第1部 OOO私が経営を受け継いだ「笠盛」は刺繍を専業としていました。いまでもそれは変わりませんが、ご存じのように、刺繍業とは受注産業です。織物、編み物に刺繍を施したいと思う発注先があって初めて仕事が生まれます。もちろん、より多くの...
第1部 OOO「000」の開発は事業の失敗がきっかけだった。 これから始めようというお話しの冒頭からそう書いてしまうと多くの方々の失望を誘ってしまうでしょうか? しかし、事実をありのままにお伝えするには、そう書くほかありません。社運...
第1部 OOO天文学的、とまでは申しませんが、ちっぽけな「笠盛」には抱えきれないほどの膨大な債務が残りました。失意を抱えながら工場閉鎖の後始末、撤退作業に追われました。 「先祖から営々130年続けてきた会社を私が倒産させてしまうのか...