「笠盛」の履歴書 — その14 流通革命

 日本で流通革命がいわれる時、代表例として挙がるのは、スーパー「ダイエー」の創業者中内功さんでしょう。流通の過程から問屋を省き、直接メーカーから仕入れる。問屋はメーカーから仕入れた価格に自分の利益を乗せて小売りに卸しますから、問屋を省けばその分だけ仕入れ価格が下がり、小売価格も安くすることが出来る。中内さんはダイエーの1号店となる「主婦の店ダイエー薬局」を大阪市旭区に開く時は、嫌がらせを防ぐため、前日は木刀を持って店に泊まり込んだという逸話が残っています。

 中内さんは小売りの側から流通革命に取り組みました。勝はメーカーの側から同じところに目をつけ、実行したのです。問屋や商社など、流通過程にある機構を一つでもなくすことが出来れば、メーカーの利益も膨らむのです。

 そして、中内さんが「主婦の店ダイエー薬局」を開いたのは昭和32年(1957年)です。勝が「笠盛組」を始めたのは、中内さんが「流通革命」を手がけるずっと前、昭和22年だったことを改めて明記しておきたいのです。

 しかし勝に、自分がやろうとしているのは「流通革命」なのだ、という意識があったのかどうかは判然としません。おそらく、そんな大それた、ある意味で歴史を作るようなことを自分がしているとは考えてもみなかったのではないでしょうか。それというのも、私が勝から聞いた話では、「笠盛組」をつくった動機は、全く違っていたからです。

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笠原 康利
1948年3月18日生まれ 好き:仕事、ワイン、落語、漫才、みんなの笑顔、家族、妻(多分) 嫌い:仕事、ホルモンのシロ=噛みきれないので、妻(多分) 得意:笑顔、プログラミング、早食い、経営(多分)、妻(多分) 苦手:指相撲、妻(多分) 似ている芸能人:藤山寬美、キムタク(多分)