それでも昭和恐慌の波はやがて収まり、「笠盛織物」は昭和10年頃には巨額の借金も返し終えて事業は順風に乗りました。
このころ、日本では軍靴の響きが急速に高くなりました。昭和6年には満州事変が始まり、翌7年には第一次上海事変が起き、満州国ができました。5・15事件もこの年です。8年には国際連盟脱退、そして11年には2・26事件が起きて高橋是清蔵相、斎藤実内大臣たちが若手将校に殺されました。天皇機関説問題が起きたのは昭和10年のことでした。キナ臭さが強まる中、桐生は軍需も手伝った好景気に沸いていたといいますから、「笠盛織物」に順風を送ったのはそんな時代の流れだったのに違いありません。
借金を何とかしてくれたきな臭さでしたが、時代は次のステージに移ります。火薬が本当に爆発してしまいました。日本はとうとうアメリカを敵に回した無謀な戦争に突入したのです。そうなると、一時は「笠盛織物」を助けた軍需でしたが、本格的な戦争は大打撃になりました。帯の需要は激減し、工場に並べていた織機も金属の供出を強いる政府に召し上げられて会社は細る一方になりました。
それでも盛は仕事が暇になった分、帯の研究に一層のめり込んだようです。その成果が「笠盛献上」という帯に結実して大ヒットを飛ばすのは戦後、3代目の勝、私の父の代になってからでしたが、基礎は盛が作ったようです。

1948年3月18日生まれ
好き:仕事、ワイン、落語、漫才、みんなの笑顔、家族、妻(多分)
嫌い:仕事、ホルモンのシロ=噛みきれないので、妻(多分)
得意:笑顔、プログラミング、早食い、経営(多分)、妻(多分)
苦手:指相撲、妻(多分)
似ている芸能人:藤山寬美、キムタク(多分)















