「笠盛」の履歴書 — その9 戦争

 妻のテツが若くして結核に倒れたのも盛の苦労の1つでしょう。今なら抗生物質でほとんど治ってしまう病気ですが、当時は不治の病でした。それでも看病には手を尽くしたようで、

「この病気には鯉の生き血がいいと聞いた」

 と、嫌がるテツに呑ませる夫だったそうです。

 看病の甲斐なく、テツは大正10年(1921年)に短い生涯を終えます。それを追うように翌11年、今度は義母のヨネが身罷ります。その喪がやっと明ける頃に襲ってきたのが先に書いた昭和の大恐慌でした。人生は有為転変といいますが、盛は過酷な日々に追われたのです。

 しかし、逆風にもめげず、家族全員で会社を守り通してくれたからこそ、いまの「笠盛」があります。

 私も経営者としての苦労はそれなりに重ねたつもりです。後に詳しく書きますが、インドネシアでの事業が失敗した時は会社を潰す覚悟も固めました。それでも盛の苦労と比べれば月とすっぽんほどの違いがあると思うのです。

 盛のことを思うたびに

「壁に爪を立ててでも、『笠盛』を次の世代に引き継ぐのが私の責任だ」

 と、気持ちを引き締めて経営に当たってきました。

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笠原 康利
1948年3月18日生まれ 好き:仕事、ワイン、落語、漫才、みんなの笑顔、家族、妻(多分) 嫌い:仕事、ホルモンのシロ=噛みきれないので、妻(多分) 得意:笑顔、プログラミング、早食い、経営(多分)、妻(多分) 苦手:指相撲、妻(多分) 似ている芸能人:藤山寬美、キムタク(多分)