「笠盛」の履歴書 — その16 今度こそ

 父まで3代に渡る「笠盛」の歴史は、私の記憶に残る限り書き尽くしました。いよいよ自分の事を語らねばなりません。父や祖父、曾祖父のことを語るのは思い出話ですからやりやすいのですが、自分の事となるとやや緊張します。決して無責任な自慢話、無駄話を書き連ねるつもりはありませんが、ひょっとしたら筆が滑るかも知れません。その節はご容赦下さい。

 私は、父・勝の次男として昭和23年3月18日に生を受けました。本来なら気楽な次男坊なのですが、私が生まれるちょうど1年前に、生後間もない兄が他界しておりましたので、実質的には笠原家の長男として育つことになりました。

 私が母の胎内に授かったのは、笠原家が生まれてすぐの長男を亡くしたばかりのころです。私は

「望み通りの男の子だ。今度こそ元気でスクスクと育って欲しい」

 という父母、祖父母の希望の星でもあったわけです。

 だから、後で聞いた話から判断すると、ずいぶん大事に育てられたようです。まだ幼児の時、私は結核を患ったそうです。兄に起きたことを2度と繰り返してなるものか、と家族全員が本当に心配し、総掛かりで看病にあたったそうです。周りから見れば、乳飲み子を下にも置かぬ扱いをしていると写ったのではないでしょうか。

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笠原 康利
1948年3月18日生まれ 好き:仕事、ワイン、落語、漫才、みんなの笑顔、家族、妻(多分) 嫌い:仕事、ホルモンのシロ=噛みきれないので、妻(多分) 得意:笑顔、プログラミング、早食い、経営(多分)、妻(多分) 苦手:指相撲、妻(多分) 似ている芸能人:藤山寬美、キムタク(多分)